孔子不悦於魯衛、
遭宋桓司馬将要而
殺之、微服而過宋。
夫孔子之聖、而魯衛
不用、桓司馬殺之、
実不知其何謂也。
然而推尋之人情、
則只羣小畏其是非
之公焉耳。故乃至
此矣。況吾輩学聖
人、一任良知、
以公是非如狂者、
則其人禍殆有不可
測者焉。雖然徒怖
人禍、終昧是非之
心、固丈夫之所恥、
而何面目見聖人于
地下哉。故我亦従
吾志已矣。
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孔子は魯衛に悦ばれなんだ。宋の桓司馬は道に要して之を
殺さうとした。之を聞き知ッた孔子は、微服して宋を過ぎた。
孔子の聖、而も魯衛は用ひなんだ。桓司馬は之を殺さうとし
た。実にその何の謂ひたるを知るに苦しむ。けれども、斯の
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如き人情を推尋し来るに、其はたゞ群小、其の是非の公を畏
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るゝが故に比に至ッたといふに帰する。孔子の如き円満なる
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性格に於てすら群小の為めには此の厄がある。況して予の如
・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・たゞ
きは、聖人の旨を学び、一に良知に任せて以て是非を公すこ
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と狂者にも似たるものがある、人禍の至る、殆んど測り知る
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べからざるものがあるであらう。けれども、徒らに人禍を怖
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れて終に是非の心を昧ますが如きは、固より丈夫の恥づる所、
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若し斯の如き不節操を敢てして、何の面目あッてか聖人と地
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下に見ゆることが出来よう。よし、人禍来らば来れ、如何な
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ われ ◎ ◎ ◎ わし ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
る人禍来らうとも、予はたゞ予の信ずる所を敢行するばかり
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だ。
実際、彼は最後まで彼の志を貫いた。彼はこゝに明言す
る所を事実に現はした。彼は世の常の儒者の如き口説の
儒ではなかッた。
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『洗心洞箚記』
(本文)その170
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