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平八郎の悟境は師授に依らずして、全然彼の洗心洞裏の黙想より来た
ツテ ニ タリ ヒ ノ
ものである事は、彼の一斎に与へた書牘中の「因 天祐 、得 購 舶来寧
ヲ ノ スルヲ ハ レ ル ラ ニ シ ルヲ
陵呻吟語 、此亦呂子病中言也、熟読玩味、道其不 在焉耶、恍然如 有
ル シ ル ハ ルニ ヲ モ ダ ハ ク レドモ ラ ニ セリ
覚、庶 乎所 謂長鍼去 遠痞 、而雖 未 能 全為 正心之人 、然 自幸脱
ヲ
於赭衣一間之罪 矣」とあるによつて明瞭であり、而して彼が此恍然覚
る有るが如しと言つた実得の心境を、直に日常の公私の事物上に実現し
往かんと臍を固めて居た事は、前に示した荻野四郎助に与ふる書柬中の
「先年より追々私情を去候工夫に力を尽し、下賤ながら心付候事者、身
あやうき
並家をも不 顧、寸心一抔に尽し、誠に危事共相犯し候」とあるに因つ
て、最も明確に窺はれる。而して是が一々空言に終らず、彼の吏務の実
績の上に現はれて居る処に、最も多大の興味がある。
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悟境
物事を理解、
会得した境地
幸田成友
『大塩平八郎』
その174
幸田成友
『大塩平八郎』
その181
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