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それ故、年頭、八朔等になると上述の三郷町々、又は諸株仲間から沢山
なかんづく
の附届がある。就中地方役などとなると、最も儲け役で収入多く、商業
上の訴訟の如き、和解願下となると必ず原被両造から掛与力、同心への
礼銀を持つて来る。御用金が済んだといつては、掛与力同心に礼銀を持
参する。其他火事だ、変死人だと何か一事件がある毎に必ず掛与力、同
心等へ礼銀が舞ひ込むといふ風で、役付の如何によつて多少の異同はあ
るが、少からぬ副収入が有る、是等は隠れた事でなく、殆ど正式の収入
であつたといふ、然らば彼等が自己の権要の地位を利用して私曲を営む
とすれば、其副収入は更に測る可からざるものであつたらう。それ故平
八郎が高井山城守の命を受けて久しく滞つて居た訴訟一件を引請けた時
わざ
に、原告の方から金銀入の菓子を贈つて来たのを態と受取り、其儘それ
を役所に持参して原被相方を呼出し、取調べた上、非違の有つた原告を
かく
ば反覆叮嚀に論断して、其曲を悟らせた後、第一斯の如きものを掛役た
る拙者の許に持参するからが間違つた心得であるとて、痛く其者を恐れ
入らせ、同僚に向つては、諸君は菓子が御好きだから訴人より附け込ま
れ、訴訟が長びくのだといひ、一座をして顔色を失はしめたといふが、
精悍の平八郎の事とて、必ずしも絶無でも無いかも知れぬ、露骨に相役
ちうざ
を稠座の前に面責するなどし少々有らずも哉の仕打に思はれ、頗る尾鰭
が添はつて居る様だが、彼の清廉潔白、一毫も其道に非れば、私せぬ事
は此類であつたに相違無く、山陽の彼に贈つた詩中に「家中不納鬻
獄銭」といふ句の有るのも、固より何か指し示す事実が其頃有つた事と
想ふ。
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幸田成友
『大塩平八郎』
その15
稠座
たくさんの人
がすわってい
ること
幸田成友
『大塩平八郎』
その88
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