Я[大塩の乱 資料館]Я
2002.10.30

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大塩の乱関係史料集目次


『天 満 水 滸 伝』
その41

石原干城(出版)兎屋誠(発兌) 1885

◇禁転載◇

適宜、読点を入れ、改行しています。


○大塩父子自殺の事 (3)

因て其方案内すべし、と厳しく申付て、先に立せ、急ぎ美吉屋が宅へ至り、例の朝飯を送る体(さま)にて土間を越て、一人立の狭き所を通り、越三尺に足ぬ路次に木戸あり、漸々屈みて肩を横にし出入をなすべき位なり、

かの女房ハ戸口に立、例の通り音なへハ゛、毎時(いつも)の食事を運ぶ者ならんと、格之助ハ戸を細目に明見るに、女房の背後(うしろ)の方に捕方と見える人数ども押掛たり、と見て取れバ、其儘戸をバ礑(はた)と立切り、引込しゆゑ、捕手の面々聢(しか)と見届けハしたものゝ、如何なる手術(てだて)やあらんか、と猶予(ためらひ)けるが、其内に、中にハ人の多く居て、鉄炮\/と騒ぐ声に、捕手の者ども声を懸、

御上意なるぞ、平八郎、斯所在を知られし上ハ、迚も遁れぬ処なり、鉄炮などゝ罵れど、火器ハ残らず取上しからハ、何時までか遁れ負せんや、尋常に縄に掛るべし、卑怯なり、

と呼はりけるに、心得たりと計り答へ、何やら騒ぐ物音するゆゑ、今ハ何程の事やあらん、打破りて込入、と力を合せ、一同は板羽目をバ打破り、第一番に進みしハ、御城代の勘定方、岡村万蔵 *1 といへる者なり、

然るに場合狭き土間にして、椽側もなき小部屋の戸を、又一重〆切あり、此戸を又も打破るに、寄掛たる畳打倒れて、格之助の死骸顕れ出たり、

平八郎ハ、小座敷の四方へ火薬を仕掛置、真中に立て肌を脱、今腹を切んとせし処へ、捕手の者ども乱れ入しに、心急迫(せき)て其隙なく、刀を逆手に取直し、二刀(ふたかたな)まで咽を突、三刀目には頂まで突貫きしが、刀を引拔、捕手を目掛投付しを、万蔵棒にて請留たり、

其儘平八郎ハ俯伏しが、兼て仕懸し火薬に火移り、一時にパツと燃上り、黒煙一室に充満しけるに、面を向べき様もなく、一同跡へ颯と引退き、夫より各々(おの\/)火を打消んと立騒く内、出火なれバ両町奉行出馬あり、此火の手を見て、火消人足駈付来りて、漸々に火を鎮めしが、此部屋の屋根へ燃抜たるのみにて、余に類焼ハせざりしと、

斯て両人の死骸を引出せしに、格之助ハ全身焼爛れ、胸の元をバ刺通し、腰にも突疵一ケ所ありて、何様自殺にハあらざるべし、恐(おそらく)くハ、平八郎が手に掛、殺せしなるべし、又平八郎も惣身焼爛れて、面貌また分ち難く俯伏に倒れしが、懐中にハ往来の通券あり、雷門、観永の名記しあり、雷門とハ平八郎が事とにして、観永とハ格之助がことか、

是を以て見る時ハ、両人とも剃髪し体を替しに相違なきなり、然れども捕手の者押入し節ハ、其髪毛の有無見極めし者なかりしとかや、

既に両人の死骸を駕籠に乗せ、大塩平八郎、大塩格之助死骸と木札を付て送られける、

扨美吉屋五郎兵衛夫婦の者へハ、縄を掛、娘両人、下女下男、六人都合八人ハ、其処の町役人へ屹度預けられ、又御詮議中の張本人を、五郎兵衛隠匿置しを心付ざる段、町内の怠りなりとて、五人組并に年寄白子屋与一郎も召捕となり、美吉屋夫婦、与一郎共町奉行所へ送られける、

彼張本人たる大塩父子の行衛、茲に至りて相知れしに、人々安心の思ひをなしにける、


*1 第一番は岡野小右衛門。
 中瀬寿一ほか「『鷹見泉石日記』にみる大塩事件像」その6


『天満水滸伝』目次/その40/その42

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