Я[大塩の乱 資料館]Я
2008.12.14/2009.4.25修正

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大塩の乱関係論文集目次


「大塩中斎」

その4

高瀬武次郎 (1868−1950)

『日本之陽明学』榊原文盛堂 改訂 1907 所収


◇禁転載◇


 交遊(1)管理人註

近藤守重 と交はる

   交 遊 文政二年近藤守重、書物奉行より転して大阪弓奉行と為る。 時に年四十有九。守重豪傑の資を以て轗軻不遇、或は樺太          エトロフ の寒月に吟じ、或は択捉の海風に嘯く、封侯の志、一朝蹉 跌して復遂に伸びず、空しく千里の驥足を屈して図書堆裏 に跼躊す。文学に貢献するの偉功は、則ち没すべからざる ものありと雖も、是れ素と彼れの志にあらざるなり。中斎 時に二十八歳、方さに陽明良知の学に熱中し、太虚を説き、 良知を致す、師とする所は、堯舜孔孟、友とする所は陸王 程朱、一世を睥睨し、眼底人あるなし。年歯相如かずと雖 も、英雄にあらずんば、英雄を知らずとせば、守重を知る ものは、其れ唯斯人ならんか。嘗て両雄一堂に会す、其挙 止頗る彼此の気胆を見るに足るものあり、長田偶得氏の其 状を描くものあり。  一夜其門を叩きて面会面会を請ふ、頓て一人の老僕出て  来りて、此方へとの案内に連れ書院に打通りて、設けの  座に着きぬ。されど主人は何地へ行きけん遅てども其咳  声だに聞えず、燭涙堆をなして、更漸く蘭なり、平八郎  兼てより重蔵の傲慢人を蔑にすることを聞き知りしかば、  別段心にも懸けざりしかど、余りの待遠しさに腹立しく、  偖こそ聞きしに優る無礼の曲者なれと独語しつゝ、不図  四辺を見廻せば、床間に百目砲あり、主人の愛蔵と覚ぼ  しく、製作頗る美、銃身爛として灯火と相射り、硝薬も  亦備はれり。平八郎大に喜びて、傲慢者の荒胆挫き呉れ  んと鉄砲取つて硝薬を装ひ、火蓋切つて放てば、轟然と  して百雷の墜下せる如く、屋壁震動し、硝烟室内に充ち  満ちたり、重蔵静かに襖押開かせ、左手に烟草盆を提け、  右手に烟管を把り、悠々として座に着きて曰く、一発の  御手並感心仕ると、相見の礼畢りて直ちに酒杯を喚ぶ。  既にして重蔵故らに、一鍋を平八郎の坐側に置きて賞味                      イ カ  を請ふ、何心なく蓋を撤すれば、個はそも什麼に一個の  鼈蠢々として鍋底に蠢動し居れり。平八郎少しも驚きた  る色なく、呵々と打笑ひ、好下物、遠慮なく頂戴仕らん  と。小柄を抜きて其首掻き切り、血を啜りつゝ痛飲しけ  れば、流石の重蔵も其気胆に服しけん、これより互に相  往来して交情極めて親密なりきとぞ。

出典 『近藤重蔵』 (偉人史叢) 裳華書房 明治29 (1896)


井上哲次郎「大塩中斎」その13


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