近藤守重
と交はる
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交 遊
文政二年近藤守重、書物奉行より転して大阪弓奉行と為る。
時に年四十有九。守重豪傑の資を以て轗軻不遇、或は樺太
エトロフ
の寒月に吟じ、或は択捉の海風に嘯く、封侯の志、一朝蹉
跌して復遂に伸びず、空しく千里の驥足を屈して図書堆裏
に跼躊す。文学に貢献するの偉功は、則ち没すべからざる
ものありと雖も、是れ素と彼れの志にあらざるなり。中斎
時に二十八歳、方さに陽明良知の学に熱中し、太虚を説き、
良知を致す、師とする所は、堯舜孔孟、友とする所は陸王
程朱、一世を睥睨し、眼底人あるなし。年歯相如かずと雖
も、英雄にあらずんば、英雄を知らずとせば、守重を知る
ものは、其れ唯斯人ならんか。嘗て両雄一堂に会す、其挙
止頗る彼此の気胆を見るに足るものあり、長田偶得氏の其
状を描くものあり。
一夜其門を叩きて面会面会を請ふ、頓て一人の老僕出て
来りて、此方へとの案内に連れ書院に打通りて、設けの
座に着きぬ。されど主人は何地へ行きけん遅てども其咳
声だに聞えず、燭涙堆をなして、更漸く蘭なり、平八郎
兼てより重蔵の傲慢人を蔑にすることを聞き知りしかば、
別段心にも懸けざりしかど、余りの待遠しさに腹立しく、
偖こそ聞きしに優る無礼の曲者なれと独語しつゝ、不図
四辺を見廻せば、床間に百目砲あり、主人の愛蔵と覚ぼ
しく、製作頗る美、銃身爛として灯火と相射り、硝薬も
亦備はれり。平八郎大に喜びて、傲慢者の荒胆挫き呉れ
んと鉄砲取つて硝薬を装ひ、火蓋切つて放てば、轟然と
して百雷の墜下せる如く、屋壁震動し、硝烟室内に充ち
満ちたり、重蔵静かに襖押開かせ、左手に烟草盆を提け、
右手に烟管を把り、悠々として座に着きて曰く、一発の
御手並感心仕ると、相見の礼畢りて直ちに酒杯を喚ぶ。
既にして重蔵故らに、一鍋を平八郎の坐側に置きて賞味
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を請ふ、何心なく蓋を撤すれば、個はそも什麼に一個の
鼈蠢々として鍋底に蠢動し居れり。平八郎少しも驚きた
る色なく、呵々と打笑ひ、好下物、遠慮なく頂戴仕らん
と。小柄を抜きて其首掻き切り、血を啜りつゝ痛飲しけ
れば、流石の重蔵も其気胆に服しけん、これより互に相
往来して交情極めて親密なりきとぞ。
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出典
『近藤重蔵』
(偉人史叢)
裳華書房
明治29
(1896)
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