Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.6.10

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その53

丹 潔

(××叢書 第1編)文潮社 1922

◇禁転載◇

 第一節 鮮血に彩られし同志 (4)

管理人註
   

 平八郎父子は知人の油掛町手拭地仕入職の美吉屋五郎兵衛方を訪ねるべ く、元の大阪に立戻つた。夜は深く更けたゐた。役人は辻々に立つて厳重 に見張りをしてゐた。平八郎はその眼から逃れて、やつと五郎兵衛方に着 いたが、家の者はぐつすり寝込んでゐた。彼は表戸を叩くと主人が出て来 た。主人は彼の顔を見ると、驚いて戸を締めようとしたのを、平八郎は無 理に開けて中に飛び込んでしまつた。彼は主人に身の上を打ち明けて隠匿 して呉れるように頼んだ。主人は仕方なく承諾した――それは二月の二十 四日であつた。  女房つねだけに委細を打ち明けた、主人は家族や雇人には絶対に秘密に してゐた。彼は平八郎を奥の裏手の納戸の小間に隠した。仕切の襖を堅く 締切つて怪しまないようにした。食事の時は五郎兵衛自身で膳を持ち運ん だ。女房のつねを平八郎に対面させなかつたのは、五郎兵衛が念には念を 入れて注意したからであつた。  二三日経つても平八郎父子は立ち去らなかつた。五郎兵衛宅には夫婦の 外に娘のかづ、孫のかう下男五人、下女一人等で都合十人暮しであつた。 商売柄非常に人の出入が烈しいので、若しや発見された場合には一大事と 危ぶんだ主人は、平八郎父子に立退を催促した。平八郎は未だ時節が到来 しないからもう少しおいて呉れ、余り催促すると一家の者を焼殺してしま ふぞと、威脅したので、拠なく其まゝにしておいた。此度は誰人も平日足 を入れない奥座敷の西手裏続きまで、しかも空家同然たる離座敷に平八郎 父子を移した。表裏の戸締は厳重で、居宅とは庭を隔て、境目に手厚い板 塀を掛け仕切つて、それに小狭い切戸の通ひ口を附けた。座敷の西手の入 口も同様で、先づ第一に用心がいゝ所であつた。  平八郎父子の食事は自炊にした。五郎兵衛は紙袋に白米を詰めて、それ に塩、香の物などを添へて持ち運んだ。又炭茶瓶、風呂敷などもそこへ差 入れた。さうして食事が済んだころは、切戸を叩くのであつた。すると五 郎兵衛はよごれたものを持つて来たり、また食物を運んだりした。  或る日、五郎兵衛が平八郎に、どうするつもりかと尋ねたら、考へてゐ ることがあるから、もう少しおかせて呉れと云つて、どうしても心胸を打 ち明けなかつた。強ひて立退けと云へば、火を点けるぞと威脅するので、 五郎兵衛はそのまゝにしておいた。平八郎は座敷の廻りの戸障子を脱して 穴を沢山明けて、それに蒲団の綿を詰め、さうして焼草にするとて、自分 の着座の傍に積み重ねた。  五郎兵衛夫婦は絶対に秘密にしてゐたが、自然に奉公人に怪しまれるよ うになつた。それで、三月の出代り時に暇を取つた平野郷の下女が口を滑 らした。それで足が附いた。城代土井大炊頭から兼て平八郎の敵役なる立 入与力内山彦次郎に沙汰があつて、五郎兵衛の糾弾となつた。愈々平八郎 父子の所在が暴露したので、城代側から家臣岡野小右衛門以下八人が召捕 方を命ぜられた。大目附時田肇が取締となつて、差向けることゝなつた。 それに部屋目附、鳥巣彦四郎も加はつて、彦次郎並に西組同心四人と共に 追手搦手の仕組みを一々絵図面によつて手分けをした。  いよ/\二十七日の早朝四時に美吉屋に向つた。  その美吉屋の周囲を、総年寄今井為之助外両名の指図の下に多数の消防 夫が、万一を慮つて囲んだ。内外包囲が完全に整つた頃に、五郎兵衛の女 房は同心等に云ひふくめられたように、びつくりしながら庭口に飛び込む と、平八郎に、 『もし/\』と声を掛けた。その後に一同はつゞいた。平八郎は小路次を 細目に明けて、ちよつと顔を見せたが、捕手の姿を見るや否や、ぱたつと 戸を立て寄せた。その間に抜身の脇差ばかりが見えた。 『唯今、参ります。』と、静かな声がした。その声は平八郎であつた。  一人が小路次を潜つて、半棒で正面の戸を叩くと、その隙間から濛々と、 焔硝の煙が吹き出た。火を掛けたと思つた一同は、戸障子を打ち破つて闖 入した。正面の障子の中に人の姿が見えた。立て掛けた衣類障子に火が廻 つた。壁際に一人佇んでゐる者があつた。それが確かに平八郎であらう。 その姿は脇差を取直して、横様に自分の咽喉を突き立てゝ、引抜くや捕手 に目掛けて投げつけた。  火は盛に燃え上つた。黒煙はくる/\と渦を捲いて溢れ出た。  【以下欠】



幸田成友
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今井為之助
「今井官之助」
が正しい

〔今井克復談話〕
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