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全軍は遂に進撃した。天満橋筋を右へ、南同心町から天神橋を指して往
つた。大砲が鳴り響く。鉄砲が発射される、焼弾が投げられる。みるみる
街の四方八方から火があがつた。そして、その火は火とつらなつつて、物
凄い阿鼻叫喚の声が全市にみなぎつた。大塩勢は有福な家の倉を片つ端か
ま
ら開けて、米、金銀、財宝を引つぱり出して、それを道路のまんなかに播
き散らして往つた。けれども、何んにしてもその砲煙弾雨のところへ、火
足が早くて危険でもあるので、折角の市民たちも到底近づくことが出来な
かつた。米も財貨も次から次へと火のために焼かれて往くのであつた。
『ええ、腑甲斐ない町人どもだ、これしきの火事と鉄砲に驚いて近寄らな
いとは、何処まで腰が抜けてしまつたのだ、これでは折角の俺の苦心も水
の泡だ。』
うち
平八郎はこの有様を見て非常に失望した。その中にだんだんと同勢が殖
えて来た。初めは五百足らずの者であつたが、今では総勢一千人。救民、
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天誅、天照皇大神宮、八幡大菩薩、湯武両霊王などと書いた旗をへんぽん
ひるがへ
と翻して、総大将平八郎は鍬形を打つた兜の緒をしめ、黒地に桐の紋の陣
羽織を羽織り、采配打ち振つて指揮した。
砲声、火、鬨の声、太鼓の音、家の倒れる音。悲鳴。同勢の往く手には
ふさが
誰一人立ち塞るものがなかつた。そして、天神橋へ差しかかつたところで、
そこはもう橋桁まで取りはづしてあるので、路を換へて難波橋を越へ、堺
筋へと入つた。そこには奉行所手先の一隊が待つてゐたので、忽ち猛烈な
ちう
戦ひとなつたが、意気天に沖するこの大塩勢にどうして打ち勝てやう、瞬
く間に奉行の一隊は見事に蹴散されてしまつた。大塩勢は獅子奮仭の勢ひ
やしき
で、まづ今橋筋を攻め立て攻め立て、鴻池善右衛門の邸を破壊し、次いで
三井、岩城、天王寺屋五兵衛、平野屋五兵衛などの大邸宅に火をかけて、
平野町から淡路町を一面の火の海としたのであつた。
『ざまを見ろ。』
『天罰だぞ。』
『飢饉で餓死して往く者のある世の中に、こんな贅沢な暮しをしてゐると
は、何と云ふ人非人だ。』
『滅茶滅茶にしてしまへ。』
『焼け、焼け。』
『もつと焼けろ、もつと焼けろ。』
あらた たび う
大塩勢は新に火の手があがる度に手を拍つて鬨の声をあげた。その時、
同勢の進む往く手から突貫の声が聞えて来た。
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石崎東国
『大塩平八郎伝』
その114
幸田成友
『大塩平八郎』
その130
「大塩焼け
被害一覧」
へんぽん
(翩翻)
旗などが風に
ゆれ動くさま
沖する
高くのぼる
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