Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.12.15

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「浮世の有様 巻之一」

◇禁転載◇

文政十二年切支丹始末 その4

 





母・兄は北野辺に哀れなる暮をなせども、己れ見通しといはれ、金銀を芥の如くに遣ひ捨てぬれども、之を救はんともせず、至つて不行跡の由。始の程は母も往来せしが、彼が行状、如何にしても、其意得ざる事のみ多ければ、斯かる者につながり居らば、如何なる事を仕出し、共に憂き目に逢はん事を恐れ、先年より義絶せしといふ。

兄は斯かる事とも心付かざれば、折には母の諌をも聞かで行きぬるが、折節二三日も彼が家に滞留せしに、何共心得ぬ事多きにぞ、年老ぬる母の只一人の娘を見限りぬるも、よく\/の事ならん、恐るべき事なりと、是よりしては兄も不通なりしといふ。

されども血縁遁れ難く、召捕るゝや否や、此兄も入牢せしが、間なく牢死せしといふ。母は八十に及び、極老の事なれば、京都にて其所へ御預となり、貢御仕置の節、其懸りの者一統に召出され、夫々の御仕置ありしが、此婆病気にて、代人下りしといふ。如何仰渡されし事や、これが落著をば知らず。以上大和屋林蔵より聞けるまゝを記す。

 
 








川崎のさの召捕られ、と共に邪法行へる由、白状に及びし故、盗賊方永田察右衛門召捕に登られしが、は堂上の御用ありとて、始終是に入込み、往来の供廻りも大勢にて、乗輿して往来なしぬる事にて、少しもあやしみを見する事なければ、官家を憚り捕へ得ずして引取るにぞ。

之に代りて大塩平八郎直に上京し、其身町人にやつし、痛病ありとて、彼が方へ到り祈祷を頼まれしに、之を諾ひしかば、彼が家に滞留し、其出づるを窺ひ、神社の内を改められしに、総て社には異紋の絹を使ひ、表向は明神を祭れると号して、其様を為しぬれども、社の中には神体なくて、お多福の面一つありしかば、之を取つて懐中し、彼が帰り待受けて、其怪しみを申聞け、召捕来りしといふ。彼も曲者故、種々言抜けんとせしかども、如何共なし難く、召捕られしといふ。 天満玉谷杏庵が咄に聞れり。

 
 




牢中にても、大罪人といひ、殊に頭人の事なれは、御仕置迄は大切に扱はれし事なりとぞ。

さのを始め、きぬ・植蔵・顕蔵など牢死せし故、猶も気を付け候様にとて、長町辺の賤しき女、二百文位の賃銭にて介添に入牢せしめ、彼が小用を聞き、飯の給仕・按摩等をなさしむるに、少しにても心に叶はざる事あれば、之を打擲蹴飛ばし、又給仕の節、飯汁のかげん悪しきとて、是を其者に打懸けなどする事故、後には皆々断りて、介添せんといふ者も無きにぞ、一日八百文宛の賃銭を出して雇ひぬるに、一昼夜を勤め兼ぬる位に、酷き目に逢はさるゝ事なりしが、下賤の者共賃銭の多きにめでて、五六人代り合ひて、漸々と之を勤めしといふ。

又可笑かりしは、当所北野辺に、哀れに暮しかぬる明神を祭る者ありしが、京都にて豊田貢嘉門とて、見通なりとて、世にもてはやされ、多くの金銀を儲けて、是を湯水の如く遣ひて、勢ひ盛んなる事を、羨ましく思ひて、母親の名を豊田貢、忰の名も嘉門とて、人をあやかし、己を利せんとせし者ありしが、同名の者故御不審懸り、一番に召捕へられ入牢せしが、母子共に牢中にて死したりとかや。之は聊も切支丹にかゝはりし者にてはなき由なれども、身にもたぐはぬ利欲心より、かゝる非命の死をなせしとて、船町の垣外、加島屋幸七店にて語りぬ。垣外は非人頭にて、捕物の手先に遣はれぬれば、牢中の事変のこと委し。 加島屋勝助の予に咄せるを記す。

 
 



十二月五日、切支丹御仕置に極まり、三郷を引廻しの由、沙汰ありしかば、国初以来厳しき御法度の邪法行ひぬる程の悪徒なれば、人々之を見んとて、松屋町牢屋鋪辺より、其道筋大に群集をなす。、獄屋の門を引出され、大勢の見物人を眺めつゝ、  
    西東北も南も一やうにわれを見に来てみな松屋町

斯かる事など口ずさみ、神色自若たる有様にて引かれぬるが、三年も入牢して同類多く死去りしに、聊の牢痩もなく、色白く肥えたり。両眼鋭く、鼻筋通り、年は五十六といふ事なれ共、五十にも至らざる様子に見え、意気揚々として、ところ所々にて、

「切支丹の大将の婆々といへるは我なり。よく我面を見て置け」とて、高声に呼ばはりつつ、引かれしが、仕置の場所に到り、馬より引下せしに、御役人へ夫々目礼し、大に笑(えみ)を含み、何やらん言へるに、穢多共、

「こま言いはず念仏を申せ」と言ひしかば、

「切支丹に念仏といへる事なし。是より高天原に御帰有るなり」といひ、笑ひつゝ柱にくゝり付られしが、始め左右の手を握り居しが、槍一本突かるゝと、笑ひつゝ其手を開け、又二本目に其手を握りしのみにて、精神少も乱れず、槍十一本受しといふ。

捨札の側に、辞世の詩を書きて五枚計りありしとなり。

    右、和田周助・玉谷杏庵、其外見物して来りし者共の噂を聞きて記す。

    大乗院浄土宗。 頼み寺なり。退院仰付けらる。

 


「大塩の乱」 その3その5
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