Я[大塩の乱 資料館]Я
2000.12.10訂正
2000.11.11

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「浮世の有様 巻之六」

◇禁転載◇

大塩の乱 その26

 















大塩平八郎美吉屋ヘ、隠れ忍ぶ事の知れし所以を委しく聞きぬるに、同人方の飯焚をなせる男 *1 は平野の百姓なるが、用事有て、両三日の暇を貰ひて平野へかへりしに、平野は御城代土井侯の領知にて、則ち陣屋有り。然るに侯御城代を勤めらるゝ事故、同所の百性共の中よりして、中間・小者の類を当所へ出来りて勤むる者多かるにぞ、此者共の中に、彼の美吉屋に勤め居る飯焚の親しき友多く候ひぬる故、平野へ帰りがけに、御城代の屋敷へ立寄りて、四方山の咄せしが、

其中にして言へるやうは、「昨年来米価貴きにぞ、世間一統大いに難渋なる中にも、別けてわが勤むる家は倹約甚しく、朝夕は薄き粥にて昼一度は飯なれども、是を十分に食する事なり難く、日々空腹にて困りはてぬ。少しにても之を余分に喰ふもの有りぬれば、主人より大に叱られぬ。此方の主人は至て吝き人にて、一合の米にても余分に入りぬれば、かゝる時節に米の入様多しとて、日々喧しき事なり。

我等は飯焚の事故大いに困りはてぬ。何卒今年は豊かにて麦も程よく出来て、早く米価下落して、斯かるうるさき目に逢はざるやうに成りたき事なり。かゝるやかましき親父なるが、先月十九日騒動有りし後は、いかなる事にや、米一升斗も多く入りぬれども、入用多しとて之を咎る事なし。されども節季に至りなば、定めてやかましくいへる事ならん。かゝる米価貴き節の飯焚はうるさき者なり」などゝ、身の上咄をなし、別れをなして此者は平野の宿元へ帰りぬ。

其跡にて一人いへるやうは、「彼が主人美吉屋五郎兵衛といへる者は、大塩平八郎方へ出入にて、則ち騒勤の節に大塩が用ひし旗をば美吉星が染めしとて、直に召捕へられしが、其後宿下げになりて、当時町預けの者なり。此者の内にて騒動後より、米一升づゝ余計入りぬるに、一合にても米の多く入りぬるを咎めぬる程の者にしで、これを咎むる事なきも不審なり。若しや大塩が徒を囲まひあるも計り難し。何にもせよ怪しき事に非ずや」といへるにぞ、何れも左も有るべしと思ひしかば、此者共より役筋へ之を申出でしにぞ、

直に平野へ人を走らせて其飯焚を呼来り、役人の前に連れて出でしにぞ、「汝しか\゛/の事を申せし由、愈々左様なるや」と、問はれぬるにぞ、「いかにも其通り申候」と答へしかば、直に其者に縄をかけさせて、

「其方の主人五郎兵衛事は、奸賊の張本大塩方へ立入致し、乱妨の節彼が用ひし旗をば五郎兵衛が染めたる故、直に召捕りに相成りしが、其後町預けとなりて今に其儘にて、御不審を蒙れる者なり。然るにこの者方にて、右騒動の後より米一升づつ多くいりぬれども、平日は聊か多く入りても、喧くいへる者にして、これを何共申さゞる事甚だ以て不審なり。定めて大塩親子を囲まへるものならん。有体に申すべし」といはるゝにぞ、

此者は左様の事あらんとは夢にも之を知らずして、たゞ米の高直にて困りぬる故、其事のみを心苦しく思へる故に、之を語りぬる計りにて、左様の事あらんとは少しも心づかざりしが、此尋によつて、此者も「いかにも不審なり。左様の事なくして米の一升づつ余分に入る道理なし。左様なる事も計り難し。さりながら之まで何も之ぞと思ふ心当りは、聊もあらず」と申せしとなり。

夫より一統の評定となりしが、「何にもせよ大塩が其余党の者なるべし。隠れ忍ぶに相違なければ、早く行きて召捕来るべし」と、御城代より大勢の人敷を差向けられしといふ。

〔頭書〕一説には、美吉屋の下人平野へ帰りし上にて、心易き八百屋へ其噂をなせしにぞ、此八百屋日々陣屋へ出入するもの故、此者よりして中間へ其噂をなせしにぞ、これによつて美吉屋の下人陣屋に召出されしといふ。

 
 






御城代は重き職分にして、大坂に於て主将たる事なれば、斯様なる事を聞出されしとて、自ら其家来に命じて、斯様の事をなせる者には非ず。市中の事は町奉行、在領は御代官、夫々の役分ある事なれば、夫々に命じて之をなさしむるべき事なるに、何れも沙汰なく自ら召捕へんとせられしは、其功を奪はんと思はれし事ならん。

跡部城州には、此一件に付いて大に恥辱を蒙りし事なれば、これを助け遣はして、此人の手にて捕へらるゝ様になしやらば、少しは此人の恥をも雪ぐやうになりて、深く其恩に感ずべき事なるに、上として下を恵むの心なく、反つて之に恥を重ねしめて、自己の手柄になさんとせられぬる事は、余りに情なき心にして、西三十三ケ国の御仕置を命ぜらるゝ身分には、似合ざる事といふべし。

 







管理人註
*1 奉公に行っていた娘から、というのが通説。(『古河市史 通史編』1988 p433、これは『鷹見泉石日記』によるものと思われる。)


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