野口市郎右衛門見聞之記録 その11 |
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凶 乱 勃 発 当 時 の 騒 擾 |
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士 初 め て |
一、御城は柵を結ひ、幕陣立厳しく、北條侯御差図の陣立有之、御役人方実地を試みられたるは此度初てなりと後にて御噂有之候。余などは無何心見物致し候得共、青龍・白虎と申す立て方の由、後日承之。 賊徒桐の旗印と注進有之に付、もしや薩摩抔加勢ならんと公辺にも御驚き有之由。 |
武 を 試 む |
凶 乱 の 一 件 を |
一、十九日大変中鉄炮御組抔、各々昼夜を不分奔趨の中に、右人数労中此一件を万歳の唱歌に作り、翌廿日認、一見致たる朋友あり。実に言語道断と人々笑ひ罵りたり。是は軍中の有様を知らぬ人の、昔敵方寄 来り騒動中連歌の会を催し、先刻より鉄炮にて烈しき折節、郭公 を聞くとて茶湯の案内抔ある類、往古の記録中には沢山なり。是等の趣と同意なり。其心味ひてしるべし。 大変中抜身の鎗抔の類都てさびたる故、眼へ見たる節は恐気なきなり。 |
万 歳 に 作 る |
落 人 生 |
一、廿一日朝伏見豊後橋にて、三人の落人被生捕候。余程金子所持にて、折節役人より被追詰橋の上より飛込候処、兼て彼橋近辺は網を水底に御備有之候に付、即刻用意の綱網を被引上候処、魚の網に懸りたる如く、人々大に笑ひたりとぞ。 但是は白井孝右衛門竝に平八郎家来の由。
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捕 ら る |