| 水戸侯の触書 その3 |
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佐 渡 の 一 揆 |
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京 都 明 暗 寺 虚 無 僧 一 揆 |
同じき頃、京都明暗寺に虚無僧共大勢徒党をなし、甲冑・弓・鉄炮を多く用意し、甲州の虚無僧寺明安寺乎を攻潰しに行かんとての事と云ふ。又一説に、遠州浜松の普大寺を徒党せしとも云ふ。こは西三十三箇国は明暗寺の支配、東三十三箇国は甲州の支配なる故、双方共近江国に出張所之あり、互に虚無僧共を其支配地に入るゝ事を禁ずる掟なるに、其法度を破り、互に他の支配地を修行せんとす。是に於て前々より度々喧嘩をなし、動輙(やゝもす)れば虚無僧を打殺すと云ふ。虚無僧共東国より西国を巡らんとすれば、京都明暗寺の弟子となり、基本則を受けざれば巡る事能はず、西国の虚無僧も同様の事なり。されども互に其弟子となれる事なり難き掟なる故、之を打殺し、其宗具を奪ひ取りて之を著用し、六十余州を無事に廻国して引取りぬれば、虚無僧仲間にての面役となりて、大に出世する事なりと云ふ。此故に少しく手覚へある強勇の者共は、何れも其事を志す故、江州に於ては古来より度々大喧嘩をなす。され共いつにても東国の者強くして、西国の者共不覚を取りぬるぞ、年来の遺恨堪へ難き所よりして、かゝる催をなせしと云ふ事なり。
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