Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.6.4

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

米価調節と占買売惜の禁制  その4












爰に今橋筋の西に当りて、斎藤町といへる世間無類の名高き町有り。其町方一町にも足らざる小町なれども、纔か三十年余りの間に、米屋佐兵衛といへる町年寄役を勤めぬる者の妻、其町の髪結と不義して其夫を咒咀殺ひさんと、藁にて人形を造り、幾所にも釘を打込みて、之を己が家の神棚に隠置き、又庭前の桜樹に幾所ともなく之にも釘を打込みしかば、其桜も之が為に枯れ果てぬ。是等の騒にや主佐兵衛気抜の如くなりて、終に死失せぬ。又妾腹の娘一人、其頃七八歳位なりしを浴場に入らしめ、其戸を固く閉し、之を煮殺さんとせしに、其家に召仕へる下女之を憐んで、之を助け出せしと云ふ。かゝる有様なれば其悪事大評判となりて、其女髪結の両人忽に召捕られ入牢せしが、髪結は牢中にて病死し、其女は遠島となりぬ。

 













其跡娘一人・手代両人・下男・下女等にて居たりしに、主なる人とては幼年の娘のみなれば、手代の内に欲心を生じ、私欲せし者有りて、朋輩の有りては己れが邪魔になりぬる故、之を遠ざけぬるにぞ、此者之を憤り、其悪事を一々に書記し、己れが腹に少しくを付けて、切腹して死せんとする状をなし、苦痛に堪へ難き様子をなすにぞ、下女・下男大に肝を潰し、早速近隣へ走行き之を告げしかば、町内騒立ち公辺に訴へしかば、早々検使有りて両人共町預けとなりしが、程経て公辺よりして夫々に御裁許あり。悪しき手代は追放となり、切腹せし者も御咎を蒙りしと覚ゆ。其後に至りて娘も追々に成人し、泉州石津の辺とやらんより養子来りて其家を相続せしが、間もなく先佐兵衛跡役の年寄死去せしに、斯かる大変有りて、公儀の御仕置蒙りし家に養子となりて其間もなきに、此者又年寄役となる。之にて其町に人無き事を知るべし。され共此人其器量にてもあらばまだしもの事なれ共、素より菽麦だにも弁へる事の成難き位の人物なり。をかしき事と云ふべし。斯かる稀代の年寄なれば、世間にて一統に忌嫌ふ所の宮の屋敷を町内に引受けぬ。古今未曾有の事なりし。譬へ年寄此の如くなりとも、町人共の内にてせめて一両人も思慮ありて、後難を思量れる者あらば、年寄いか程に思ふとも成就すべき事にはあらざるに、之にて其町に人なき事を知るべし。

 


「米価調節と占買占売の禁制」その3/その5
「浮世の有様」大塩の乱関係目次3

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