爰に今橋筋の西に当りて、斎藤町といへる世間無類の名高き町有り。其町方一町にも足らざる小町なれども、纔か三十年余りの間に、米屋佐兵衛といへる町年寄役を勤めぬる者の妻、其町の髪結と不義して其夫を咒咀殺ひさんと、藁にて人形を造り、幾所にも釘を打込みて、之を己が家の神棚に隠置き、又庭前の桜樹に幾所ともなく之にも釘を打込みしかば、其桜も之が為に枯れ果てぬ。是等の騒にや主佐兵衛気抜の如くなりて、終に死失せぬ。又妾腹の娘一人、其頃七八歳位なりしを浴場に入らしめ、其戸を固く閉し、之を煮殺さんとせしに、其家に召仕へる下女之を憐んで、之を助け出せしと云ふ。かゝる有様なれば其悪事大評判となりて、其女髪結の両人忽に召捕られ入牢せしが、髪結は牢中にて病死し、其女は遠島となりぬ。
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