Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.7.2

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

有栖川家調達講の仕置  その3











加嶋屋伊助といへる者有り、此者後家にて娘ある。家に、丹波より出来りて養子となり、子四五人を産む。此男其性善からぬ者にして、常に不良の 事多し。別けて養母に不孝にして、主家へ対し不埒の事をなしぬるも数々なりしかば、主家の出入を差留めらる。其後妻病死せしにぞ、暫く寡なりしが、此間に己れが骨肉を分ちたる処の娘を犯し、男子を産ましめ、少しも恥づる事なかりしが、後に小児を連れたる女を迎へ取つて之を妻とせしが、相変らず娘との邪淫止まずして、親子心を一つにして後妻を苦悩せしむるにぞ、其家常に騒動す。親類近隣巌しく異見せしかば、無拠其娘を奉公に出す。かゝる曲者なれば人の金・代物等を取込み抔して、町内を立退き横堀京町橋東詰に変家し、灰商(炭カ)買をなせしが、程なく後妻一子を生む。其小児二歳位の正月上旬、伊助他行せし留守中、其家の下人妻子両人を殺し、賊をなして逃去らんとせしが、忽に召捕られ磔となりぬ。

阿波屋伊助妻盗賊をなす、近隣之に物を盗取られざる者なし。其後曾根崎新地にて盗賊をなし、此事露顆して召捕らる。

三井三郎助借家に狂人有りて切腹し、三十日を経て死去。検使を引受け騒動す。

 






播磨屋喜兵衛妻三つ子を生み、検使を受く。三十日計りの内に三人共死す。其後堺屋繁蔵妻又三つ子を生む。されども之は死胎なりしにぞ、検使等の騒ぎなし。纔かなる小町にして、天下稀なる三つ子を両人迄産せしも奇事と云ふべし。

 












紀国屋武兵衛妻出家をなして弟子大勢あり。此者子なきにぞ姪を以て養女とし、之に壻を取りしが、武兵衛存生中より此者と不義し、死後淫事甚しく養子も姪も大に困り果て、夫婦連にて其家を出奔す。世間にて種々評判あり。寺屋の師匠には珍らしき事なり。其後弟子も次第に離れ、町内の住居なり難くして播州明石へ引取りしが、巳年の飢饉に遇ひて乞食となりて、大坂へ出来りて町内を徘徊す。恥をも知らざる者と云ふべし。

 






森本市蔵といへる者の妻、之も出家をなして大勢の子供を世話をなす。主市蔵は芝居の手うち連中の小使をなして、此家に芝居役者共平日に出入す。折々此家に於て淫事の仲人抔なすと云ふ噂有り、是も其行状大に道に背きし事なり。

 







八百屋幸助といへる者有りしが、此者ふと家出をなす。家内驚き一家近 隣大に騒ぎ尋ね廻りしが、其行衛知れずと云ふ。跡にて聞けば川へ投身せしと云ふ事なり。此家の妻子詮方なくて当町を立去り、裏家の小屋に引取しが、其跡の家に平兵衛といへる者出来り、八百屋商売をなせしが、此者至つて不人物にて、常に人と喧嘩口論をなす。後疳症にて陰嚢を切つて死せんとす。未だ切放すに及ばずして、家人庖丁を奪取りしと云ふ。陰嚢切放れずと雖も半ば切込みしが、其後又井に投身せんとして大に騒動す。此者の子大勢有り。兄は盗賊をなし入牢し、弟は町内の子供同士喧嘩をなし、石を打付けて相手の足を損ず。之に依り町内検使を引受けて大なる騒動す。

 


「有栖川家調達講の仕置 」その2/その4
「浮世の有様」大塩の乱関係目次3

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