阿蘭陀屋彦右衛門といへる馬具屋有り、此者白癡なり。之が妻は籠屋町にて畳屋の娘なりと云ふ事なり。此者至つて奸悪なる淫婦にて、此家の番頭新七といへる者と不義し、主の前にて少しも憚る事なく淫事をなし、番頭と両人して主をば小児の如く追廻す。姑に不孝にしてこれを追出し、姑の従弟なる者不仕合にて此家に厄介となれるを、納家に押込め飲食をも与へずして、これを干殺にせんとす。出入するものこれを憐み密に握飯を与へしとて、直に此者の出入を差留む。其後番頭新七病に臥す。始の程は心を用ひ看病せしが、其治し難きを知り、淫事のなし難ければ暴に之を忌嫌ひ、飲食薬をも与へず、早く死ねよとて之に取合ふ事なく、手代下女の類ひ之を憐み、飲食を進むる者あれば忽ち之を打擲す。斯るあくたれ者なれば、女の身にして米相場なし、又堀江に於て新に魚市場を始むるといへる山子に引掛けられ、過分の損失をなせしかば、人を欺き金を借出し、後には家迄家質に入れ、処々方方より願付けられ、公訴絶ゆる事なかりしにぞ。悪計をなし、己が淫せる勝三郎を此家の主とし、神辺より嫁を迎取り、間もなく其嫁を追出し、其荷物を取込みて之を以て金銀の遣繰す。勝三郎は老婆と違ひ若き女を妻とせし事故、之を最愛せしに左様に成行きしかば、自ら不快の色を顕はせしにぞ、老婆これを憤り、勝三郎を見限りて上町辺の医者を引入れ此者と邪淫す。彦右衛門の阿房故とは云ひながら、世間無類の悪女なり。終に町内の住居なり難くして、家財残らず其医者の方へ持行きぬ。此医妻子ある者にして、之も大欲心にて此仕業なりしと云ふ。
|