Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.7.16

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

有栖川家調達講の仕置  その5











有栖川一件も追々仰山に相成り、調達講の御取調べとなり、此掛り凡六百人計り悉く闕所と成る。凡銀高三千貫余目なりと云ふ事なりと、宮の名目にて出銀いたし諸侯へ貸附けし町人共も、定めて薄氷を踏める心地なるべし。此大変にて町人共も懲り果て、已来有栖川の名目を借れる者もあるまじければ、此屋敷も定めて衰徴する事ならんと思はる。

 









 積上げし親の山をば子が潰し 大壊れにて修理もせられず
 大塩が難を逃れて有栖川も 元の鎌田となりはてにける

有栖川宮へ大坂奉行所より掛合之有りし節、所司代間部下総守殿、宮様へ参殿いたされ候にぞ、「大坂よりかゝる事申来れり。無事に取計ひくれられよ」と御頼み之有りしにぞ、所司代より大坂へ使者を以て挨拶ありしに、以ての外の事にて頓著なき趣なれば、宮に対して頼まれし甲斐なければ、若し参殿せば御殿へ引付け帰されまじと是々を思ひ、又如何なる事を此讎に致さる事も計り難しとて之を危踏み恐れ、病気なりとて引籠られしとて、京都にて専ら風説すと云ふ。され共かゝる事あるべき道理なし。こは跡形もなき事なるべけれども、何分此一件に付ては種々の取沙汰を大層に世間にてする事なりとぞ。

 


「有栖川家調達講の仕置 」その4/その6
「浮世の有様」大塩の乱関係目次3

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