Я[大塩の乱 資料館]Я
2003.8.9

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『洗心洞箚記』 (抄)

その25

山田 準訳註

岩波書店 1940 より



◇禁転載◇

附録抄

 大塩中斎先生 大友参

謹んで大塩中斎先生の帳下に呈す、
先生福履清迪(せいてき)、欣喜曷(なん)ぞ勝(た)へん、曾て上国に在るの日、深く先生の高誉に熟す、
先生時に三尺を奉じ、刑賞訴獄、日給(ひきふ)するに暇あらず、
又た何の閑ありて、下交の如きに及ぶを得ん、
是を以て徒に下風に在り、領を引ばし額に加ふるのみ、
爾後老母の命を以て北筑に帰る、
偶々書生の西来する者あれば、必ず先づ先生如何を問ふ、
而て先生学徳清高、加ふるに高尚嘉遯(かとん)の操を以てし、出処明断、古今未だ先生の如きものを見ず、
、八月念有九 日を以て将に崎陽(きやう)の行あらんとす、
餞離の筵中乍(たちま)ち一封の書を致す者あり、
(ぼう)手之を発(ひら)けば、則ち書肆山本生・先生の大著洗心洞箚記一部を以て転贈せり、
驚喜自ら禁せず、
直ちに笈(きふ)中に挾んで崎陽に到り、再拝して之を読めば、則ち洙泗(しゆし)の正派、直ちに遡して其の源を極むるもの、章章正理、篇篇実則、浅識が如きも亦た以て茅塞(ばうそく)を抜闢(ばつへき)すべし、
鳴呼、何等の天幸ありて、長者の慈眄(じめん)を承くる此の如きか、
亦た唯だ平生景慕の感、天地神明引いて以て諸(これ)を先生に致すものか、
崎人水野勝大郎といふ者亦た箚記を蔵す、相遇へば必ず言之に及ぶ、
且つ諸友人をして之を読ましむ、
皆能く翕然(きふぜん)として興起感発す、
今歳○○未だ至らず、至らば則ち応(まさ)に、小しく文字を解する者あるべし、
托して之を○○に伝へ、我○○正学帰する所あるを知らしむ、
(かく)の如くんば則ち生 涯の愉快焉(これ)より大なるは莫し、腕を扼(やく)して之を待つ、偶々郵使東上す、敢て小牘を削りて左右に呈し、以て恵賜万一の意を奉謝す、維時寒に向ふ、
道の為めに千万自重せよ。

大友氏は筑前の人、儒を業とする者、遠霞と号す。

   【原文(漢文)略】


石崎東国『大塩平八郎伝』 その58


『洗心洞箚記』目次/その24/その26

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