●いつ
一三〇 朱子曰く、「臣子は身を愛して自から佚す
り たゞ
るの理無し」と。又た曰く「事を論ずるには、祇
まさ り がい はか
当に其の理の是非を言ふべし、其の事の利害を計
● まさ し し
るべからず」と。又た曰く「学者は当に常に志士
こうがく ねん
溝壑に在るを忘れざるを以て念と為すべし、則ち
おも けいかう ねんかる
道義重くして、而て死生を計較するの念軽し」と。
せう/\ あ すなは すうひ
又た曰く「今人は小小の利害に遇へば、便ち趨避
けいかう ●たうきよ ていくわく
計較の心を生ず。古人は刀鋸前に在り、鼎 後に
もの
在るも、之を視ること物なきが如きものは、只だ
こ み え か よ
這の道理を見得て、那の刀鋸鼎 を見ざるに縁る」
と。謹んで按ずるに、右の四條の云ふ所は、是れ
ぶんこう みづ ●びやくろどうけいじ
即ち文公が自から白鹿洞掲示の、其の道を明かに
おしへ じつせん
して其の義を正すの訓を実践せしの事なり。而て
●せんし ●しよくくわう
其の筮仕より、以て属絋に至るまで、五十年間、
● れきし ● かう
四朝に歴仕し、外に仕ふる者、僅に九考、朝に立
いつ
つ者四十日のみ。此れ豈臣子が身を愛し自から佚
り じつせん けいごく ●ていてん
する理なきの実践にあらずや。江西の刑獄を提点
はや そう やう
するや、促く事を奏せんとす、之を路に要して、
● いと いまし
正心誠意は上の聞くを厭ふ所たるを以て、戒むる
な こた
に言ふこと勿きを以てするものあり。文公答へて
たゞ あへ
曰く、吾れ平生学ぶ所は、止此の四字のみ、敢て
●くわいご あざむ り
回互して吾が君を欺かんやと。此れ豈其の理を言
はか
うて其の利害を計らざるの真修にあらずや。文公
いへまづ しよせい とほ とうはんれいかう
家貧し、故に諸生の遠きより至る者は、豆飯藜羹、
おほむ とも おう/\ ●しようたい よう
率ね之と共にし、往往人より称貸して、以て用を
きふ かい
給するも、其の道義にあらざれば、一介も取らず。
こうがく
是れ溝壑に在るを忘れざるを以て念と為すにあら
たれ あんじよ かん ●こ
ずんば、孰か晏如として之を能くせんや。奸人胡
くわう ちんか じしやう むね こひねが ふんきぐんこう
紘、陳賈等、時相の旨を希ひ、紛起羣攻し、道学
し ぎがく ぎやくたう
を誣ふるに偽学を以てし、又以て逆党と為して之
せうゆ
を天下に詔諭す。故に道草を攻むる者日に急なり。
●せん よ それがし
選人余某といふ者、上書して文公を斬らんと乞ふ。
しか や み え
而も文公は学を講じて休まず、是れ道理を見得て、
か たうきよていくわく たれ ゆう
那の刀鋸鼎 を見ざるものにあらずんば、孰か裕
じよ を
如として之に処らんや。是れに由つて之を観れば、
かみ ふる
則ち文公の志気百世の上に振ひて、而て百世の下
こうき
を興起すと謂ふべし。もし又た其の書を読みて其
の道を学び、斯の苦節に堪ふる能はざる者は、豈
しそんししやく むべ ●せつ
師尊私淑すと云はんや。宜なるかな、薛文清公曰
ぼつ よ ぶん
く、「朱子没してより、而て道の寄る所、言語文
じ す
辞の間を越ぎず、能く文辞に因つて朱子の心を得
●きよろさい ●
たる学者は、許魯斎一人のみ」と。是れ知言なり。
朱子曰、「臣子無 愛 身自佚之理 、」又曰、
「論 事、祇当 言 其理之是非 、不 当 計 其
事之利害 、」又曰、「学者当 常以 志士不 忘
在 溝壑 為 念、則道義重、而計 較死生 之念
軽矣、」又曰、「今人遇 小小之利害 、便生
趨避計較之心 、古人刀鋸在 前、鼎 在 後、
視 之如 無 物者、只縁 見 得這道理 、不 見
那刀鋸鼎 、」謹按、右四條所 云、是即文公
自実 践白鹿洞掲示明 其道 正 其義 之訓 之事、
而自 其筮仕 、以至 属絋 、五十年間、歴 仕
四朝 、仕 於外 者、僅九考、立 於朝 者四十
日而已、此豈非 臣子無 愛 身自佚之理 之実践
乎、提 点江西刑獄 、促奏 事、有 要 之於路 、
以 正心誠意為 上所 厭 聞、戒以 勿 言者 、
文公答曰、吾平生所 学、止此四字、敢回互而
欺 吾君 乎、此豈非 言 其理 而不 計 其利害
之真修 乎、文公家貧、故諸生自 遠至者、豆飯
藜羹、率与 之共、往往称 貸於人 、以給 用、
非 其道義 、一介不 取、是非 以 不 忘 在 溝
壑 為 念、孰晏如能 之哉、奸人胡紘陳賈等希
時相旨 、紛起羣攻、誣 道学 以 偽学 、又以
為 逆党 、詔 諭之天下 、故攻 道学 者日急、
選人余某者、上書乞 斬 文公 、而文公講 学
不 休、是非 見 得道理 、不 見 那刀鋸鼎
者 、孰裕如処 之哉、由 是観 之、則可 謂
文公之志気振 乎百世之上 、而興 起於百世之
下 矣、如又読 其書 而学 其道 、不 能 堪
斯苦節 者、豈師尊私淑焉云乎哉、宜乎、薛文
清公曰、「自 朱子没 、而道之所 寄、不 越
乎言語文辞之間 、能因 文辞 而得 朱子之心
学者、許魯斎一人而已、」是知言也、
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●佚。逸なり.
安楽。
●孟子滕文公下
篇に「志士溝壑
に在るを忘れ
ず」とあり。
●刀鋸云々。刀
鋸は生を絶ち、
鼎 は身を烹る
刑具。
●朱文公(熹)
は廬山下の白鹿
洞書院に教授し、
洞規を掲ぐ、先
づ五倫を掲げ。
董仲舒の「其義
を正して其利を
計らず」の語に
及ぶ。
●筮仕。仕官。
●属絋。死歿。
●四朝。宋の高
宗、孝宗、光宗、
寧宗の四帝。
●九考。書経堯
典に「三歳績を
考す」とあり、
考はしらべるこ
と、九老は三歳
を九度すること。
●提点。しらべ
る。
●正心誠意。大
学八條目の二つ。
●回互。変改。
●称貸。他より
金銭を借る。
●胡紘。字は応
期、紹煕中秘書
郎となる、時相
韓 冑に用ひら
れ、朱子を詆つ
て偽学の罪首と
なす。是れに由
つて学禁益々急
となる。陳賈も
同代の人。道学
を擯斥せんこと
を乞ふ。
●選人は考科の
試験に及第せし
者、余とは余嘉
を指す。新州に
教授たり、上書
して晦菴を斬ら
んと乞ふ。
●薛文清公。明
の薛 、前出。
●許魯斎。元の
許衡、前出。
●知言。道理に
叶つた言。
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