本音を打ち明けたい人になるには
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私はビジネス・コーチングの研修講師として、毎月人前に立たせていただいています。受講者は一般の中間管理職です。たとえば看護師長とかスーパーや美容院の店長など、人相手の仕事が多いと思います。

世間の多くの書籍やセミナーでは、どうしても小手先の会話術でコーチングを説明しようとします。つまり、「ビジネス・コーチングはやる気を引き出すコミュニケーション・スキル」だから、会話術なんですよ、というわけです。そしていろいろなスキルを解説します。さらには、「カウンセリングは過去に焦点を当てるが、コーチングは未来に焦点を当てるのですよ」とコーチングが未来志向だとアピールするのです。

しかし、聴いているほうはあまりにも脳天気で鼻白むのです。職場や顧客にはただでさえ難しい人が多いし、こじれきった人間関係も散見されるからです。会話術も全く参考にならないわけでもないが、ま、その程度のことだ、と感じるわけです。大体スキルで物事解決するなら、スキルさえ学べば、学校出立ての若者でも、ベテラン社会人を相手できる理屈ですが、そんなことは全くありません。

実社会では、人間関係が良好な人ばかりとは限りません。実際は批判・叱責されることだって日常茶飯事です。実社会のコミュニケーションにとくに求められるのは、相手との人間関係が紛糾した修羅場のような状況下でも使い物になるということです。苦手な相手、問題のある相手と人間関係を築いていけるのが風雪に耐えるホンモノのコミュニケーションでしょう。単なる会話術ではダメなのは明白です。

では、どのようにコーチングを理解すればいいのでしょうか。それは、

「カウンセリング力が勝負」

ということなのです。カウンセリングというとどうもセラピー(心理療法)と混同してしまう人が多いのですが、要は相手の気持ちの整理にお付き合いするのがカウンセリングという行為です。実際のビジネス現場の上司・部下・同僚といった関係で、カウンセリングしたりされたりすることはそうあるものではありません。しかし、実際にカウンセリングが行なわれなくでも、相手が自分の気持ちの整理に付き合えるだけのカウンセリング力を持ち合わせているかどうか、これはすぐにわかります。普通に話していても、カウンセリング力というのは言葉の端々に出るからです。相手が本音を打ち明けたいと思ったら、そこが出発点なのです。話し方教室はあるが、聞き方教室はない、話を聞くのはその人間の器で聞くものだ、と言われます。相手があなたを慕って本音を打ち明けたいと思う、そのあなたの器がカウンセリング力なのです。

ところで人間の器であるカウンセリング力とは、セミナーに出席したとか、本一冊読んだくらいですぐ身につくわけではありません。しかし、いかなるものであって、どんな方向性を持つものか、これは十分理解可能です。

カウンセリング力の正体は、加点主義的人間観とでもいうものです。人間はおおよそ不完全なイキモノです。完全な人なんていやしません。それどころか、どの人も欠点だらけです。もちろん筆者も例外ではありません。なくて七癖、というのが人間の常ですし、人が羨むような境遇の人でも、「何かある」のが人間というものです。減点主義的な上司は、悲観的な言動を取り、他人のあらさがしをして、他人を批判する言動をとるものです。こうした上司には「冷たさ」を感じてしまい、本音を打ち明けたいと思うような器を感じ得ないわけです。この状態でテクニックだけのコーチングに走っても、たかが知れているのです。

一方、加点主義的な上司は、楽観的な言動を取り、他人の長所を見出し、他人を承認する言動をとるものです。こうした上司には「温かさ」「包容力」といった、本音を打ち明けたいと思うような器を感じるわけです。この状態では、常識的な会話力があれば、コーチングを知らなくても、何の問題もないことでしょう。

それが、「カウンセリング力が勝負」という意味です。ですから私自身は世間の書籍やセミナーが会話術に偏っているのがあまり納得できないでいるのです。コーチングの本質は会話術ではなく、本音を打ち明けたいと思わせるカウンセリング力です。受講者や読者はコーチングの専門家になろうというのではなく、現場で実戦に耐えるコミュニケーションを求めています。そのためにはむしろ会話術から入らず、カウンセリング力から入るのがいいのです。加点主義的な包容力で部下を感化し続けることができれば、コーチングは自然と身についてしまうからです。

減点主義の毒消し
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加点主義という言葉があります。ゼロ点から加算して採点する方法です。現在は主に人事評定で使用される言葉のようです。「加点主義」で出版されている書籍を検索すると、人事の本ばかりです。これとは逆に減点主義という言葉もあります。満点から減点して採点する方法です。

加点主義と減点主義、それぞれには絶対的優劣はありません。TPOに応じて使い分けが必要でしょう。加点主義は長所を探すやり方です。評価する対象の完成度が高ければ加点主義は煩雑で、適しているとは言えません。たとえば、文章を推敲するといった場合、加点主義で長所を探したら用をなしません。

「大体通じるから、ま、いいか」

では推敲にはならないからです。こんな場合は減点主義が適切で、文章の欠点を探すのが正しいわけです。

一方、評価する対象の完成度が低ければ、減点主義だとストレスばかりたまり、悲観的になります。とくに評価する対象が人間であれば、加点主義が向きます。その理由は、人間はおおよそ不完全なイキモノだからです。完全な人なんていやしません。それどころか、どの人も欠点だらけです。もちろん筆者も例外ではありません。なくて七癖、というのが人間の常ですし、人が羨むような境遇の人でも、「何かある」のが人間というものです。だから人間を減点主義で扱ってあらさがしをした日には、身も蓋もない、ということになってしまいます。

人生観や人間観にも加点主義的な考え方と、減点主義的な考え方が明らかに存在します。たとえば、五体満足という事実に対して、減点主義的考え方をすれば、当たり前、ということになります。一方、加点主義的考え方をすれば、こんなありがたいことはない、ということになります。世間には目の不自由な人もたくさんいるからです。

かつてノーベル賞を受賞したのに自殺した作家がいました。詳しいところは良く知りませんが、創作活動の行き詰まりが原因だと聞きます。私はこの人の自殺の是非を云々するつもりはありませんが、おそらく、この人は「創作活動の行き詰まり」という減点で人生をとらえたのでしょう。つまり、減点主義的人生観だと、たとえノーベル賞を取っても自殺することはありうる、ということなのです。加点主義的人生観では、五体満足で生きてるだけでもありがたい、となるので、自殺などまずありえない、と考えられるからです。

さて筆者は日ごろコーチングやカウンセリングを通して他人の支援に従事しています。その経験から言うと、加点主義的人生観の持ち主は、楽観的な言動を取り、他人の長所を見出し、他人を承認する言動をとるものです。これに対し、減点主義的人生観の持ち主は、悲観的な言動を取り、他人のあらさがしをして、他人を批判する言動をとるものです。各人の発する言葉はそれぞれが持つ人生観の表れと考えられます。加点主義・減点主義は割合はっきりしていて、どちらがその人を支配しているか、ひと言で言いうるものです。

ところで、例外もあります。加点主義的な人生観を持ちながら、育った境遇や受けた教育のおかげで、減点主義的言動が習慣となっている人がいます。こうした人は自分が自覚しないで他人を傷つけているものです。こういう人も世間には数多く見られます。

その結果、こういうことが言えます。他人を支援するということは、第一にその人に加点主義的な人生観を持てるようにお手伝いすることです。第二は減点主義的な言動による攻撃(批判や叱責)に対して、動揺している相手に、加点主義的な言動を施すことによって、減点主義的言動によって受けたストレスの毒消しをする、ということです。

筆者はいついかなる場合にも加点主義的言動(長所を探す)を取るべきである、という考え方です。とくに減点主義的言動(批判や叱責)に減点主義的言動で応じた場合、最悪の結果を招くことになります。減点主義的コミュニケーションには加点主義的コミュニケーションで対応するしかないわけです。

考えようによっては、いかなるときも加点主義的な言動を取ること、これがコーチングやカウンセリングといった助言の本質である、と言えます。加点主義的言動によって、減点主義的言動やその悪影響をクライアントから駆逐する、ということです。

日創研の自己啓発セミナー
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社命で日創研の自己啓発セミナーに行ってきました。当社は以前は高野山のDMP訓練だったのですが、講師がすでに60代半ばとなられたので、日創研に鞍替えしたというしだいです。ただ部下を派遣するのに上司が受講したこともない、というのでは問題ありなので、まず私が受講せよ、ということになりました。

日創研とは日本創造教育研究所の略で、自己啓発セミナーの最大手とのことです。自己啓発セミナーとは営利団体が主催する、有償・定額のグループ・セラピー(集団心理療法)で、日創研は経営セミナーの外見を装っていますが、内容は自己啓発セミナーそのものです。日創研についてはこのページが詳しいです。私が受講したのは第一段階のSAというセミナーです。無事修了証をもらいました。修了後の記念撮影です。前から2列目の左から6人目が筆者。

講師の中野延市氏です。講師のトークは素晴らしいものがありました。何の淀みもない。同じく研修講師として人前に立つものとして、日創研トークは大いに参考になりました。研修で教えられることはまっとうですし、自分の殻を破るには効果があるとは思います。しかし、怒号と罵声による集団催眠、といった要素もあり、考えようによっては相当に不愉快な箇所もありました。とはいえ白けていても始まらないので、私はまじめに参加したと思います。


そのなかでハード・ラブとソフト・ラブという実習がありました。暗闇で相手の欠点を連呼するなど、実に危険な手法です。コーチングやカウンセリングをライフワークとしている私と根本的に相容れません。

批判したり、罵倒したりで、だれも持っている弱いところを突く。マインド・コントロールの常套手段です。しかし、私はつたないとは言え、曲がりなりにも日ごろ可能性に精一杯挑戦して生きているので、この程度ではなんとも思いません。外的コントロールでは変わらない、これは私の人生信条ではありませんか。それに真っ向から挑戦するアプローチと言うしかないです。

総じてアシスタントも受講生も絶叫調で、付き合ってるこっちも声が枯れます。「君ら大きな声を出したらエエと勘違いするなよ」と言いたいところです。

帰って来て、上級コースに進んだ受講生が、ねずみ講式に受講生集めをさせられる仕組みを知ってしまい、もうがっかりしました。ネットで上級コースまで受講された方の手記が公開されています。興味のある方はご一読ください。この手記にはうそ偽りない正直な感想が吐露されていると思います。今後はこの団体と距離を取って、浮かされないよう諫言する側に回ろうと思っています。講師が素晴らしかっただけに残念です。


研修で同じグループだった若者が筆者の似顔絵を書いてくれました。記念にアップします。

ボス・マネジメント(ボス・マネ)
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世の中にイヤな相手、苦手な相手はいるものです。イヤな相手とはどんな相手なのか。それは例外なくあなたを批判したり、叱責したりする人です。こうした相手は批判や叱責することによって他人は変えられる、いや変えなければならない、という信念を持っているものです。まず直りません。

たとえば、こうした上司や目上はこんなふうに言います。

「何回言えばわかるんだ!まじめに仕事をしろ!」
「また失敗したか。それだからお前はだめなんだ!」
「言われたことは、しっかりしろよ!」
「成績が下がったら、手当てを減らすからな!」
「まだ休んでいるのか、さっさと仕事をしろ!」

こういうのをボス・マネジメント(ボス・マネ)と言います。こんなふうに言われたら誰だっていい気持ちはしません。しかも、上司だから口答えできません。私は昔は傷ついていましたが、今はこう思うことにしています。

「いまだにボス・マネに訴えるなんて、遅れている気の毒な人だな」

昔はボス・マネで当たり前だったのです。しかし、今は部下から自発性・創造性を引き出さなければ勝っていけない時代です。こんなやり方は組織にとっても、個人にとってもマイナスなのです。

とはいえボス・マネのきつい上司はいます。毎日叱責されているとひどく傷つき、苦しみます。こんなふうに日ごろストレスを受けている人はどうすればいいのでしょうか。

まず、ボス・マネの弊害を知識として知ることです。ボス・マネはとどのつまり、相手の欠点をただす、という減点主義の手法です。減点主義では自発性・創造性は引き出せません。今は加点主義でなくてはならないのです。

次にいくら相手にボロクソに言われても、自分自身に少しでもいいところを探して自分を肯定することです。加点主義で自分自身を見ることです。そうして、自分自身の気持ちを整理するのです。

「自分はこれでいいんだ」
「自分にもいいところがある」
「自分は一生懸命にがんばっている」

自分を肯定できる度合いが強ければ強いほど、ストレスの毒消しができます。あなたは現在の自分の能力を肯定できないかもしれません。しかし、真剣に生きていれば、現在の「生きざま」は肯定できるはずです。自分の「生きざま」を肯定できれば、そこに気迫が生まれます。自分が受けた屈辱で心が揺らぎません。屈辱を心から放つことができます。心を切り替えることができるわけです。その結果、時間の経過とともに受けた屈辱を忘れてしまい、相手を許すことができます。そうなれば今度は、

「あの人はあんな人だが、評価できる点もあるな」

と加点主義で相手を見ることができ、相手の長所を見れるようになって来るのです。その結果、ボス・マネに訴える上司との人間関係も好転するのです。

この善循環の秘訣がどこにあるのかというと、

・ボス・マネの弊害を知識として理解する
・加点主義で自分を肯定する

この二点に尽きます。結局は加点主義を理解すればいいのです。

人間は欠点だらけの生き物ですが、宇宙から力を与えられて生かされています。加点主義で自分の長所を見るのは与えられた力を認めることです。減点主義で自分の短所を見るのは与えられた力を認めないことです。加点主義の生き方こそ全ての人に当てはまる真理なのです。加点主義で自分を肯定すれば、自分が変わります。加点主義で相手を肯定すれば、他人を動かせます。加点主義は人を介して組織に波及するので、組織を変えることもできるわけです。

上司からの批判・叱責に苦しみながら、同じように部下を批判・叱責している中間管理職は世間に多いです。こういう人は救われないです。それは減点主義に囚われた人で、加点主義の何たるかを全くわかっていない人だからです。他人を批判して、自分自身を肯定しようというのはそこに大きな矛盾があります。こんな状態で成果は上がりようがないのです。自分を肯定し、他人も肯定する。加点主義は一貫していて、矛盾があってはならないのです。

私はコーチングで多くのクライアントさんをお相手します。ボス・マネに悩む人を支援するには、絶対に批判してはダメです。批判すればその時点で人間関係が終わってしまいます。加点主義に限るのです。何とかその方の評価できる点を見つけて、肯定してさしあげるのです。たとえ肯定できる点が全くなかったにせよ、

「お気持ちはわかります」
「無理もないですね」
「でもそれはちょっとまずかったですね」

と言うわけです。結局、コツは徹頭徹尾、相手に加点主義で接し、その人が自分で自分を肯定できるように手助けすることです。その結果、その人が自分を肯定できるようになれば、その人はボス・マネの上司ですら、加点主義で接することができるようになってゆくのです。それが状況を好転させ、道を開く唯一の解決策なのです。

イヤな相手はこう躱(かわ)そう
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世の中にイヤな相手、苦手な相手はいるものです。それは職場の上司や同僚や部下であったり、親・兄弟のような親族であったり、時には配偶者・子供という家族であったりすることもあります。イヤな相手とはどんな相手なのか。それは例外なくあなたを批判したり、叱責したりする人です。こうした相手は批判や叱責することによって他人は変えられる、いや変えなければならない、という信念を持っているものです。

たとえば、上司や目上からこんなふうに言われたとします。

「何回言えばわかるんだ!まじめに仕事をしろ!」
「また失敗したか。それだからお前はだめなんだ!」
「言われたことは、しっかりしろよ!」
「成績が下がったら、手当てを減らすからな!」
「まだ休んでいるのか、さっさと仕事をしろ!」

こんなことを毎日言われているとひどく傷つき、苦しみます。こんなふうに日ごろストレスを受けている人はどうすればいいのでしょうか。

それはいくら相手にボロクソに言われても、自分自身に少しでもいいところを探して自分を肯定することです。加点主義で自分自身を見ることです。そうして、自分自身の気持ちを整理するのです。

「自分はこれでいいんだ」
「自分にもいいところがある」
「自分は一生懸命にがんばっている」

自分を肯定できる度合いが強ければ強いほど、ストレスの毒消しができます。あなたは現在の自分の能力を肯定できないかもしれません。しかし、真剣に生きていれば、現在の「生きざま」は肯定できるはずです。自分の「生きざま」を肯定できれば、そこに気迫が生まれます。自分が受けた屈辱で心が揺らぎません。屈辱を心から放つことができます。心を切り替えることができるわけです。

運悪く叱責のきつい上司に当たったとしましょう。この場合はどれだけ自分を肯定できるかが勝負になります。自分のなかの減点主義を断固駆逐する必要があるのです。加点主義で人知れず執拗に自分の長所を凝視し、肯定に努めるわけです。自分を断固肯定することができれば、ストレスで傷つきません。その結果、相手に期待しなくなり、時間の経過とともに相手を許すことができます。そうなれば今度は、

「あの人はあんな人だが、評価できる点もあるな」

と加点主義で相手を見ることができ、相手の長所を見れるようになって来るのです。その結果、相手を肯定する言葉すらかけられるようになるのです。

そうして、ついには相手から目をかけられ、引き立てを受けるまでになってしまうのです。この善循環の秘訣がどこにあるのかというと、要はどれだけ自分を肯定できるか、この一点に尽きるのです。自分を肯定するためには、自分の欠点に焦点を当ててはダメです。減点主義では局面を打開できないのです。減点主義でなく、加点主義に限るのです。そして加点主義で自分を肯定できれば、その加点主義で今度は相手を肯定できるようになっていくわけです。

上司からの批判・叱責に苦しみながら、同じように部下を批判・叱責している中間管理職が、もしいるとすれば、こういう人は救われないです。それは減点主義に囚われた人で、加点主義の何たるかを全くわかっていない人だからです。他人を批判しながら、自分自身を肯定しようというのはあまりに身勝手で、できない相談なのです。自分を肯定し、他人も肯定する。加点主義は一貫していて、矛盾があってはならないのです。

私はコーチングで多くのクライアントさんをお相手しますが、世の中は人間関係のトラブルに悩む人が多いのに驚きます。まず悩みの半分は職場・家族・親族といった身近な人間関係のトラブルです。こうした相手とは四六時中顔をつき合わせているわけですから、問題はトラブルなどという生やさしいものではなく、「この世の地獄」です。もちろん私自身も少なからずこうした問題で悩みました。とくに印象深い体験は、ある中高年の社長がオーナーとの人間関係の葛藤に悩み、ひどく傷ついているのにお付き合いしたことです。この問題は社会的地位如何に関わらず、誰しも同じなのだな、と痛感した次第です。

人間関係のトラブルに悩む人を支援するには、絶対に批判してはダメです。批判すればその時点で人間関係が終わってしまいます。加点主義に限るのです。何とか評価できる点を見つけて、肯定してさしあげるのです。たとえ肯定できる点が全くなかったにせよ、

「お気持ちはわかります」
「無理もないですね」
「でもそれはちょっとまずかったですね」

と言うわけです。結局、コツは徹頭徹尾、相手に加点主義で接し、その人が自分で自分を肯定できるように手助けすることです。その結果、その人が自分を肯定できるようになれば、その人は他人に加点主義で接することができるようになってゆくのです。それが状況を好転させ、開運する唯一の解決策なのです。自分が加点主義であってこそ、周囲も影響されて加点主義になっていくわけです。

人間は欠点だらけの生き物ですが、宇宙から加点主義で生かされているのです。造物主は寛大にして、苛酷な請求をしないのです。加点主義の生き方こそ全ての人に当てはまる真理なのです。だから、加点主義は自分を変え、相手を変え、組織を変える力を持っているのです。加点主義は他人に分かち与えることができるし、人を介して組織に波及するものなのです。

だから職場の組織論は加点主義で理解すれば簡単です。成果を出している組織ほど加点主義が浸透しているものです。さらには家族円満の秘訣も加点主義なのです。
950 志は不遇の時期にこそ立てるもの
949 LASIK
948 親方スタイルと現場監督スタイル
947 森を十分俯瞰する
946 被害者ではなくクレーム処理係と考えよう

*
945 指摘されなかった良いところに焦点を当てる
944 叱責のきつい相手と付き合う法
943 想いが強み
942 これからですよ、十分戦えますよ
941 想いを持つには自分の価値に気付くことが必要

*
940 武士道的組織論
939 水たまりの水
938 才能は欠落
937 挙手の求め方
936 受講態度の悪い人

*
935 本音を打ち明けたい人になるには
934 減点主義の毒消し
933 日創研の自己啓発セミナー
932 ボス・マネジメント(ボス・マネ)
931 イヤな相手はこう躱(かわ)そう
*
930 会話術に拘泥せず、加点主義を身につけよう
929 引き寄せの法則の扱い方
928 シークレット
927 チャレンジという概念
926 自己承認に長けた人格

*
925 語ってもらってまず切実さを理解する
924 批判・叱責に強くなるためには
923 自分に自信が持てない人
922 人はどうして承認が必要なのか
921 聖人とか悟った人というのは

*
920 大本営方針
919 雑誌SPA!のバイト特集
918 スピーチは心ここにあらずの聴衆を引き込むもの
917 志の欠落は否定形
916 死守しなければならない原則

*
915 アイスブレーク
914 他人にどう思われるか、という心配
913 敢えて組織のお荷物になろう
912 独自路線
911 人の振り見て我が振り直せ

*
910 陰ながら応援してますよ
909 コーチングは切実な想いのみをサポートできる
908 ストレスを感じたらその時点でガス抜きをする
907 悩んでいる人が落ち込む陥穽
906 この際社会勉強のつもりで行ってみませんか

*
905 3時間のセミナー
904 悩みと夢
903 『変なおじさん』というギャグ
902 新婚さん
901 積極心とは


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001〜050 051〜100 101〜150 151〜200 201〜250
251〜300 301〜350 351〜400 401〜450 451〜500
501〜550 551〜600 601〜650 651〜700 701〜750
751〜800 801〜850 851〜900 901〜950 951〜999
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