曰ク賑恤ノ時機挙兵決意ノ後ニアリ是レ人心収攬ノ策ニ出デ救済ノ本志ニ非ズト、

曰ク施行ノ方法天保四五年度ノ調査方針ニ依ラザルハ公平ヲ欠クト、

曰ク天満駆付ヲ言触シタルハ凶徒嘯集ノ為ニ計レル也ト、

夫レ此ノ飢饉ニ当テ先生ノ窮民救済ノ為ニ計レル、或ハ奉行ニ献策シ、或ハ豪富ニ遊説セルモ一再ニ止マラズ、而モ其事一モ用ヒラレズ却テ之ガ為ニ圧迫ヲ買ヒ憤激遂ニ挙兵ヲ決スルニ至ラシム、

今ヤ身家一ニ飢民ノ為ニ放擲ス、況ヤ家産ヲヤ、之ヲ散ジテ市民ニ分ツ市民一日ノ飢ヲ凌グニ足ラバ此身一日存スル一日ノ仁ヲ為スノ義ニ合フ、是レ今日ノ挙アル所以、市民依テ以テ一日ノ命ヲ得タリ、若夫市民ノ之ガ為ニ其徳ニ感ジ其事ヲ援クルニ至テハ是レ自然ノ結果敢テ之ヲ以テ先生ノ義挙ヲ議スベカラズ、

或ハ先生ノ書ヲ売リ産ヲ投ジテ 悉ク武備ニ用フト雖モ此ノ際之ヲ先生ニ責ムベキ無シ、而モ彼ヲ為サズシテ此ヲ為ス先生ノ先生タル所以、然ルヲ賑恤ノ挙ニ於テ之ヲ疑ハントス、是レ所謂小人ノ鄙心ノミ、

或ハ云フ仮令一日ノ食ヲ与フルモ兵火十日ノ食ヲ奪ハゞ以テ仁ト云フベカラズト、

而モ孟子言ハズヤトシテ罪ナクシテ死地ニ就 クガ若キヲ忍ビザルノ心以テ王タルベシト、此ノ仁心アツテ先生ノ賑恤アリ、此大慈悲心即チ革命ノ大決心ヲ導キタル所以、先生ノ真生命ハ実ニ此ノ賑恤ニ存スルヲ見ルベキニ非ズヤ。

仮ニ之ヲ施行ノ慣例トスルモ今回ノ事量ニ於テ数ニ於テ未ダ之ヲ以テ律スベカラズ、況ヤ先生一己一分ノ施行ナルノ故ニ敢テ庁ニ請ハザルモ故アルコトナリ、

若シ之ヲ庁ニ請ハゞ或ハ之ヲ許ザルモ知ルベカラズ、其町会所 町年寄ノ手ヲ借ラザルハ寧ロ之ヲ屑シトセザルニ出ヅ、

故ニ独立独行之ヲ為スハ却テ公平ヲ期スル所以、却テ之ヲ四五年度ノ例ニ做ハザルヲ責ムルハ先生ノ施行ヲ官府乃至富豪ノ為ス所ト同一ニ見ントスルノ誤リノミ。

若シ吟味書ノ三十三ケ町村ヲ挙テ先生ノ施行此ノ範囲ニ限ルトセバ、却テ門人ノ居村ヲ度外視スルモノ、先生ノ賑恤ヲ被ルモノ豈只三十三町村ノミナランヤ、

仮ニ之ヲ以テ一町村百人トセバ三千三百人ノミ、斯クノ如クンバ予定ノ半額ニ充タズ、若シ残額ヲ五千トスルモ是レ即チ城ノ内外ニ施行セラレシモノ五千人アルベシ、

従来市中三千ノ賑恤ヲ以テ極度トシタルモノ之ニ五千ヲ加フ レバ窮民配当ヲ得ザルハナク、施行不公平ナリト云フヲ得ンヤ、論者ノ説ノ如キハ当ラズト云フベシ。

当時飛耳張目何等カ不審ノ伝説アラパ苟モ許サゞルベキ山城守ニシテ尚ホ一般施行中ニ此事アリシヲ聞カズ、是レ実ニ其事無カリシノ証ナリ、

而ルニ世上之ヲ以テ強制誘惑ノ為ニスト云ヒ、人心収攬ノ策ニ出ヅトスルハ後世ノ誣告ニ非ズシテ何ゾ。

併シナガラ先生ハ平生大阪城ノ御手薄ヲ憂フルモノ、又常ニ武備ヲ修シテ非常ニ備フルヲ忘レザルモノ、故ニ天満駈付ノ如キ今日特ニ之ヲ言ハザルモ平生既ニ此事アリ。

咬菜秘記云　昨年の冬渡辺村の穢多の小頭といふ者 町奉行所の用にて穢多共出候節は、いつも小頭さし引にて人足を引具する役なり。 を平八郎宅へ呼、偖米価高直にて定て其方共難渋仕るであらふ、依て金子を遣す間、其方村中難渋仕る者へ夫々相応に施して遣せと申して、金子五十両小頭へ遣、其方へ此脇差を遣すとて、拵付の長脇差を遣候処、小頭殊の外難有がり、此御恩は何を以て報じ可申哉、御恩を報じ方も無之 と申せば、平八郎申は別に報恩の望もないが、左様に存る事なら、此辺に火災のあつた節は、穢多共多く連引れ他所へ行ぬ先へ、此方へ参て働呉よと約し置ぬ。

此レ即チ其一ナリ斯ル例ハ他ニモアルベシ、之ヲ要スルニ先生ノ人才ヲ愛用セル苟モ一芸一能アルモノ、文武ノ士ヨリ鶏鳴狗盗ニ至ルマデ取ラザル所ナシ、

故ニ先生ニ従フ者穢多アリ、僧徒アリ、相撲頭取ヨリ土工鳶頭ニ至ル皆是レ非常ノ備ヘノミ、其天満駈付ノ如キ今日特ニ之ヲ語ルヲ要セズ、仮令今日之ヲ告グルアルモ之ヲ聞テ俄ニ凶徒嘯集ノ準備ト見ルガ如キ深ク先生ヲ知ラザルモノ讒誣取ルニ足ラザル也。