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さきぜい
扨また跡部山城守の先勢として立向ひましたる、彼の阪本源之助、本多
為助の両人は、今や大塩勢の一人江州彦根の浪人梅田源左衛門が、火術の
おほづゝ きら
名人を見えまして、大砲の火蓋を切んとする有様を見るより、源之助。為
助の両人は囁き示して、両人一同に小筒の狙ひを定め、梅田源左衛門を討
たんとして居りました、フト為助が向ふの軒下を見ると、用水桶の小蔭に
大塩方の一人が、鉄砲の筒先を源之助の方に向けて狙つて居ります容子、
南無三、討たせてはと為助、小声になつて。
ゆんで あ
為『阪本、コレ阪本氏、左手の方を見られよ、ソレ、彼の用水桶の小蔭
を』
と注意をしても、源之助は、一心不乱に梅田源左衛門を狙つて居ります
うち
から、為助の云ふ事が耳に這入りません、猶予する中に討せてはならんと
とつさ うち
思ひまして、為助は今まで源左衛門の方へ向けて居た筒先きを、咄嗟の中
か
に向け転へたる事にして、用水槽の小蔭に忍んで居る、曲者目懸けて打放
しましたのと、曲者が源之助目掛けて討つ鉄砲と、一時でございましたが、
どちら た ま
何方も狙ひが外れて、源之助の方は陣笠の右の端を、少しかすつて、弾丸
は向ふの家の格子に当りました、此時に源之助が打放した弾丸は、梅田源
左衛門の左の腰のつがひを討ちましたので、源左衛門は其場に倒れたが直
ぐ飛び起きて。
おのれ
源『汝ツ』
こなた
と云ひながら、刀を抜いて源之助に立向ひました、此方も鉄砲を投捨て、
同じく刀を抜いて暫らくは、火花を散して戦つて居る処へ、安田図書が駈
こちら
附け来たり、源左衛門に加勢を致します、此方はまた為助が源之助に加勢
うち
をする、其中に敵も味方も追々加勢が殖えて来て、大合戦と相成りました
が、此時大塩方が十二三人ばかり討死をいたしました、又梅田源左衛門も
最初に受けたる傷の為めに、次第に太刀先も狂ひ出し、遂に山城守の手勢
の一人、名もなき者の為めに首を打たれました。
どうも此戦ひの処を余り詳しく申し上げて居りますと、却つて御退屈で
もございませうし、また昔のやうな、太閣記とか、川中島とか、また源平
た
の戦ひだと面白い処が沢山あるが、幾ら大塩が軍略に長けて居つても、も、
つはもの やから
また五人や十人強者があつても、味方の多くは烏合の輩だから、少しでも
大将に負け色が見えると、一同が浮足になつて、一人去り、二人逃げと云
つたやうな塩梅に逃げ出すなど、実に腑甲斐ない合戦でございますから、
モウ戦ひの有様は此位にいたしまして、面白い処を引続いて申し上げます。
ま け
扨唯今も申上げましたる如く、敗北色が立つて来たので、大塩勢は四方
八方に散乱し、大将大塩平八郎、同じく格之助、其他重立たる処の者は何
ど う
処から如何して逃げたのか、行方が知れなく相成りました、そこで両町奉
行の同勢は、敵の取残したる処の武器其他の品々を、夫々取集めて引上げ、
てくばり
一方は大塩親子を初め、其他の者の行方へ捜す事の手配をいたし、一方は
ま
また未だ最中焼けて居る民家の消防に力を尽す事になりました、尤も此騒
動も、思つたよりは早く鎮まりましたやうなものゝ、まだ/\安心は出来
ない。
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坂本鉉之助
「咬菜秘記」
その12
石崎東国
『大塩平八郎伝』
その120
幸田成友
『大塩平八郎』
その141
大塩の乱銃撃戦
発砲記録(幕府方)
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