Я[大塩の乱 資料館]Я
2016.7.29

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』 その83

国府犀東(1873-1950)

(偉人史叢 8)裳華書房  1896

◇禁転載◇

救民の幟影(4)

管理人註









































厳正剛直
の士独り
同せず

幕下の猛士は勇けり狂ふて前後を知らず、怒れる猪は後を顧みず、唯猛進を          ・・・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・・ ・・・ 知りて其の知らず、すはや鞍置け、旗かざせ、鉄砲出せ、鎗を建て、大筒揃 ・ ・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・ へ、砲車引け、鎧兜を用意せよ、こゝに陣羽織、かしこに陣笠、鼓も大鼓も、 ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・  法螺も銅鑼も揃へや揃ふたりと、上を下へとあせり返へる、其の中に、一個 厳正剛直の士、独り沈思黙坐して、堂の一隅に居たりしが、こゝ死を以つて 我が厳師を諫むべき所ぞと、徐ろに平八の前に進み、我が師今度の御挙動は、 平生の御沈着にも似もやらで、甚だ以つて暴虎冰河の御軽挙、大義は拙者が 弁ずるまでもなし、確かに今度は反逆の形跡とこそは見受けらる、拙者は永 かく我師の恩に浴すれど、聖賢の道に違ひたる今度の一件、御賛成は拙者致 しかねて候、よく/\御熟慮ありて、然るべふ存ずると、叩頭平身して死を 以つて争ひ諫むること再三なれども、平八はたゞ黙然として一語なし、已に 決意して猛進す、此の志、翻へすべからず、武士の矢、竹心の一筋は、たと へ山は裂け海は翻るとも、一歩進めば後へは引かぬとの気色にて、惨まじく 眼を据へて物をも言はず、たゞ満座を睥睨するのみ、是れ此の厳正剛直の士                            ・・・・・・・ を誰れとかなす、平八門下の一俊髦宇津木矩之丞其人なり、平八は平生矩之 ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・ 丞が厳正剛直なるを敬し居たり、雷同附和は厳正の人なさず、唯々諾々は剛 ・・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・・ 直の士之を卑しむ、侃々として立ち、諤々として諫む、平八が嘗つて敬する ・・・・・・ 所以に負かず、然かも騎虎の勢は隻手克く止むべきにあらず、已に決したる 衆議は誰れか克く翻へずものぞ、矩之丞再諫三諫首を以つて地を叩き、舌を 爛らし唇を爛らして直言するも、固より今は詮術なし、命は今日已に抛つた り、説は断じて抂げざるなり、師を諫めて師の為めに死す、師に随ふて師と 共に死す、諫むるも死せむ、随ふも死せむ、死は畢竟一なるのみ、寧しろ自 己の所信を固守して、同人の手に斃るゝの優れるに如かずと、挺然として抜 きたる矩之丞は、死すとも随はずと決心したり、死を覚悟し、諫の容れられ ざるを見たる矩之丞、然らば拙者は再び御諫言は申さずと覚悟を究め候と、 静々と起つて椽伝へに厠に行く、平八心に思ふ様、彼もとより惜むべき人物 なれども、大事の為めには換へられじ、もし放ち還しなば、密議も泄れて悪 かりなむ、孔明馬稷を斬るは此の時ぞと、誰れかある、あの宇津木、生かし て於ては、大事にかゝはる、打ち取つて然るべしとの命令に、某往いて宇津 木を斃さむと出でたる大井正一、手に十文字の鎗を提げ、直ちに厠に向ひ行 けば、矩之丞恰かも厠を出でて石鉢の杓に水汲み、其の手を濯ふて居たり    ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・ けり、前に突つ立つ大井正一、鎗の切尖宇津木に衝きかけ、師の命にこそ候、 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・ 御命頂戴仕らむと怒鳴れど、騒ぐ気色もなく、手を洗ひ畢はり、固より命は ・・・・ ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ 覚悟の前、去来御突あれと、襟を開いて従容端坐したり、流石の荒れたる正 ・・ ・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・ 一も、しばしは呆きれて居たりしかど、今は躊躇もあるへからず、然らば御 ・・・・ ・・・・・・・・・・ 免候へと、唯一鎗を突き斃したり、之を見て取る平八は、眼に涙を涵へなが ら、可惜英才を失ひしも、大事の為めには詮方なしと独り嘆ちたり、



森 繁夫
「宇津木静区と九霞楼」
その2

幸田成友
『大塩平八郎』
その125










































爛(ただ)らし




抂(ま)げ





挺然
(ていぜん)
他にぬきんでて
いるさま









泄(も)れ

馬稷
馬謖




大井正一
大井正一郎


『大塩平八郎』目次/その82/その84

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