暁行。忽値雨、而
無簑笠。頭頂迄
手脚尽霑。是時心
為之動、即方寸之
虚亦復霑也。不動
則与太虚之不霑
乃一般。因此又悟
入水不濡之理。
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はや
朝暁く道を行く。忽ち雨に値ふ、而も蓑も無く笠も無い。
づぶぬれ ぬ
頭から頂から手脚に至るまで尽霑に霑れて了ッた。
さて此の時、此の時に不快の為に腹立たしく思ふなどで心
が動くならば、それは、方寸の虚もまた雨に霑れて居るので
太虚の虚では無い。若し、此の時、少しも心の動かぬならば、
それは、太虚の霑はざると一般、真に修養の積んだ人である
と言へる。此に因ッて又、水に入ッて濡れざるの理を悟るこ
とが出来る。
此の條を読んで、曾て山岡鉄舟が雷雨の中を少しも驚く
色なく傲然として霑れたるまゝ大道を闊歩したといふ話
を思ひ出さゞるを得なんだ。
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『洗心洞箚記』
(本文)その197
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