Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.6.7

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『通俗洗心洞箚記』
その119

大塩中斎著 下中芳岳(1878-1961)訳

内外出版協会 1913

◇禁転載◇

下巻 (33)三五 一悲一憤

管理人註

樹生於平地者、易 大而栄茂。生於石 間者、難大而憔悴。 此豈非命哉。自古 士之有此者。其 人如君子、則雖 命以不慍、而傍観者 不之一悲 一憤也。故孔子曰。 「臧文仲其竊位者歟。 知柳下恵之賢、而 不与立也」。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○  平地に生えて居る樹は大きくなり易くて、思ふまゝに栄え ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ にく ○ ○ ○   ○ ○ 茂る。石の間に生えて居る樹は、大きくなり難いから、至ッ ○ ○ ○ ○ ○ やつ○おとろ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○  て窮屈げに憔れ悴へて見える。平地に生えるも、石の間に生 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ えるも共に是れ其の運命である。天の与へたところ如何とも ○ ○ ○   ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ し難い。人にも、古から此に類するの人士がある。其の人、 若し君子であるなら、仮令、大きく伸びられぬ境遇に呻吟す                   いきどほ ることがあッても、命を知るが故に自ら慍る如きことはせぬ けれども、而も傍観して居るものは、之が為に一悲一憤して、 以て其の不遇の境遇に同情せんければならぬ。此の故に孔子        (一) は言はれた。『臧文仲は其れ位を竊むものか、柳下恵の賢を 知ッて而も与に立たなんだを見れば』と。

                        (一)臧文仲は魯の太夫。曾て、居蔡、山節、藻税など、   宗廟の装飾を敢てしたことのある人。柳下恵は魯の   人、頗る賢才であッたが用ひられなんだ。謂ふ心は、   苟も公職にあるものは私情を去りて、賢才あらば直   ちに之をあげ、野に遺賢なからしむべきである。然   るに、文中は柳下恵の賢を知りながら之を挙用せな   んだ、是れ位に従ッて其の任を全うせざるもの、即   ち国を竊むものであると言ッたのである。中斎が此   の言をこゝに引いたのは、孔子の言ふ所は、文中の                    ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   位を竊むを責むると共に、柳下恵の賢才を抱きなが    ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ら伸びざるに同情したる言であるといふ点に於てゞ    ○ ○   ある。

『洗心洞箚記』
(本文)その216
 


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