董子曰。「正 其誼 、
不 計 其利 。明 其
道 、不 計 其功 。」
宋大儒范内翰祖禹毎
荘 誦之 、謂 人曰。
「君子行 己立 朝当
如 此。若 夫成功 則
天也。」而朱子亦採
之以書 於其小学 、
以掲 於白鹿洞学則 。
故膾 炙人口 幾 百年
於茲 、而其正誼明道
之訓、何口 之者多、
而躬行 之者少也。究
其所 以然 非 他。以
只有 計 功計 利之慾
也。而中人以下不 能
至 無 斯慾 也。然真
志 於学 者則不 可
不 先去 斯慾 也。去
斯慾 之功夫、亦只当
其義 也。不 顧 其身
之禍福生死 、而果敢
行 之、当 其道 也。
不 問 其事之成敗利鈍 、
而公正履 之、則其慾
日薄而道義終為 家常
茶飯 矣。此非 虚言 。
在 漢諸葛武侯、在
唐二顔、在 宋文謝、
在 明劉黄、是皆以
道義 為 茶飯 者也。
学者如亦至 此、則
庶 幾酬 江都紫野二
子所 貽 於後人 之
意 焉。
|
(一)
董子は言ッた。
● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ● ●
『其の誼を正して其の利を計らず、其道を明にして其の功
● ● ● ●
を計らず』と。
宋の大儒范内翰祖禹は、毎に之を荘誦して人に言ッた。
『君子は己を行ふにも朝に立つにも当に此の如くあらんけれ
か
ばならぬ。夫の成敗如何の如きは則ち天である』と。
朱子も亦此の董子の語を採ッて以て其の著小学の中にも書
◎
し、其の講学の場たる白鹿洞の学則にも掲げた。されば、此
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
の語の既に人口に膾炙するに茲に幾百年、而して徒に其の正
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
誼明道の訓を口にするものゝ何ぞ其れ多くして、之を我が躬
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
に行ふものゝ何ぞそれ少きや。
斯くも、口に唱ふるものゝみ多くして躬に行ふものゝ少な
つまり
き所以を予は考へて見たが、別に仔細は無い。畢竟功を計り
利を計る私慾の徒の世に多きが為である。而して中人已下の
私欲を去ることの難きは已むを得ぬとしても、苟も学に志す
ものにして、尚ほ此の欲を去り得ぬは如何にも残念至極であ
・・・・・・・・ ・・・・・・ ・・・・・・・・・
る。真に学を志す者は、何はさておき、先づ以て斯の私欲を
・・・・・・・・・ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
去らんければならぬ。而して此の欲を去るの工夫、亦たゞ義
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
を正し、道を明にする外は無い。即ち義に当ッては身の禍福
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
生死を顧みずして断乎と之を行ひ、道に当ッては、事の成敗
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
利鈍を問はずして公正たゞ之を履行する。斯くの如くするこ
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
と再三再四、常に努力して止まずは、其の欲日に薄らぎて道
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ (二)
義終に家常茶飯の事となる。是れ決して虚言では無い。漢に
(三) (四)
在ッては諸葛武侯。唐に在ッては二顔。宋に在つては文謝。
(五) ・・・ ・・・・・・・・・・・・
明に在ッては、劉、黄、是れ皆、道義を以て家事茶飯の事と
・・・・・・・・・ (六)
為したる実例である。学者、亦た若し此に至らば、江都紫陽
ちかし
二子の後人に貽す所の意を得たるに庶幾といふべきである。
(一)董子―漢の思想家董仲舒のこと。武帝に用ひられ、
後、謬四王の相となる。董仲舒集、春秋繁露等の著
あり。
(二)諸葛武侯―孔明のこと、昭烈帝に仕へて丞相とな
る。出師の表は最も有名なる文章。
(三)二顔―顔真卿、顔果卿の二人をいふ。共に玄宗に
仕へて節に死す。真卿は書法に於ても有名である。
(四)文謝―文天祥、謝枋得の二人をいふ。天祥は文山
と号す。節を守り、敵に囚はれ、獄中正義の歌の作
あり。枋得は畳山と号す。節を守りて敵に囚はるゝ
や初めて建寧に到る詩を賦す。共に義烈の士。
(五)劉、黄―明の劉宗周と黄宗義とをいふ。宗周、字
は起東、弘光元年、京師陥り諸臣難に殉ずと聞き、
食はずして死す。門礼、門学等の著あり。宗義、字
は太沖、黎州と号す。康熙間、博学鴻詞に薦挙せら
れたれど、固辞して仕へず、著書頗る多し。
(六)江都紫陽の二子―輸祖禹及び朱子を指す。
|
『洗心洞箚記』
(本文)その226
|