Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.6.14

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『通俗洗心洞箚記』
その126

大塩中斎著 下中芳岳(1878-1961)訳

内外出版協会 1913

◇禁転載◇

下巻 (40)四〇 艱難に遇ひ生死の境に出入して始めて真切に道を知り得たり
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         ―此の後半、即ち有名なる琵琶湖遭難の記なり―(3)

管理人註

予於是賦詩。詩曰。 院畔古藤花尽時、泛 湖来拝昔賢碑、余風 有比良雪、流滅 無人致此知」。帰時 於大溝港口復買舟。 予与従之門生及家 僮四人耳。更無同舟 人。再泛湖、南向坂 本、将吾郷。而 自大溝坂本、水程 凡可八里。此即我邦 里数、而非異朝之里 数也。当異朝之里数、 則六十八九里矣。解纜 結、既未申際。而日 晴浪静、柔風只颯颯而 已。至小松近傍、北 風勃起、囲湖四山各 飛声。而狂乱瀾逆浪、 或如百千怒馬衝陣、 或如数仞雪山崩前。 他舟船皆既逃而無一 有。其張帆至低三尺 強。而乗其怒馬、踏 其雪山、以直前勇往、 如箭馳者、只是吾一 舟而已矣。忽到鰐津。 嘗聞鰐津雖平日無風 時、回淵藍染、而盤渦 谷転、巨口大鱗之所游 泳出没、乃湖中至険也。 而況風波震激時乎。推 篷見水面、則為謂 地裂天開之勢。奇哉、 颶風忽南北両面吹而軋。 故帆腹表裏饑飽不定。 是以舟進而又退、退而 又進。右傾則左昂、左 傾則右昂。如踊如舞。 飛沫峻濺、入篷侵牀 実至危之秋也。舟子呼 曰。「他舟皆知幾、故 避之、如某独誤不 前知焉、而乃至此、 吁、命也哉、雖然無 面目対客耳。」吾察 其言意、似不免共 葬魚腹之患。因却 慰喩舟子曰。「爾誤 至此命也、則吾輩至 此亦命矣。倶無之 何。只任天而已、何 足患哉。」

 予はこゝで斯ういふ詩を賦した。     ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○    院畔の古藤花尽くるの時。     ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○    湖に泛び来りて拝す昔賢の碑。     ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○    余風似たるあり比良の雪。     ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○    流滅して人此の知を致すなし。                やと      わし  帰る時、大溝の港口で復た舟を買ッた。予と予に従ふ門生 及び家僮と合せて四人、外に一人も同舟の人は無かッた。斯 くて再び湖に泛んで、南坂本に向ひ、将に吾郷に還らうとし た。大溝より坂本まで水程凡そ八里許りある。是れ我が国の 実際の里数である。異朝の里数ではない。異朝の里数なれば              ともづな 六十八九里になるであらう。纜を解き、を結んだのが、未           ころ 申(今の午後三時)の際。日晴れて浪静かに唯柔風の颯々た るのみ。然るに、小松近傍に来ると、北風急に勃起し、湖を 囲んで四山各々声を飛ばし、狂瀾逆浪、或は千百の怒馬の陣 を衝くが如く、或は数仭の雪山前に崩るゝ如く、他の舟船皆               ひくく/\   ばかり 既に逃れて一つも影を見せぬ。至低三尺強に帆を張ッて、其 の怒馬に乗り、其の雪山を踏み、直前勇往箭馳の如きもの、 たゞ我が舟のあるばかり。忽ちにして鰐津に至る。嘗て聞い                        うづまき て居る。鰐津は平曰風なき時にても、回淵藍染して盤渦谷の 如くに転じ、巨口大鱗の游泳出没する所、乃ち湖中の至険で あると。然るに況して風波震激の時をやである。蓬を押して 水面を見れば、所謂地裂け天開くの勢、奇なるかな颶風忽ち 南北両面より吹いて軌り合ふ。斯くて帆腹表裏饑飽定まらぬ が故に、舟は進みて又退き、退きて又進む。右に傾けば左に 昂り、左に傾けば右に昂りて踊るが如く、舞ふが如く飛沫峻 濺篷に入りて牀を侵す、実に危険至極の秋である。舟子呼ん で曰ふ。       あぶな          おいら  『他の舟は幾いと思ッて避けたに、某、見通しがつかなん だ為にこんなことになッて、某、運命だから仕方もないが、          せんど お客様方に済まぬ。舟人として、面目次第もない』と。  予は其の言意を聞いて、「共に魚腹に葬らるゝの患を免るゝ ことは出来ぬ」と思ッた。が、却ッて心は落付いた居た。そ して舟子を慰喩して斯う言ッた。    ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○  『爾が誤ッて天気を見違へたも運命、吾輩が此の舟に乗り ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 合せたも運命、どうすることも出来ないよ。たゞだ天に任せ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ るのみぢや。何も心配するには及ばぬ』と。


『洗心洞箚記』
(本文)その252
















泛び(うか)







(しょう)
































昂(たかぶ)り



(ゆか)


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