吾既辞職而甘隠、
脱険而就安、宜
高臥舎労苦、以
楽自性、然夙興
夜寝、研経籍、
授生徒者、何也。
此不是好事、不
是糊口、不為詩
文、不為博識、
又不欲大求声誉、
不欲再用於世、
ナラヒエシ
只扮得「学而不
厭誨人不倦」之
陳迹而已。世人莫
恠、又莫罪。鳴呼、
心帰乎太虚之願、
則誰知之乎。我独
自知焉耳。
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わし ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
吾は今、職を辞して隠者の生活に甘んじて居る。世路の険
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難を脱れて安住の地に就き、高臥して労苦を舎て、以て自性
○ ○ ○ ○ よ ○ ○ ○ ○ ○ ○ はや ○ ○ ○ おそ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
を楽んで宜いのだ。然るに、夙く起き夜く寝ね、偏に経籍を
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研究して生徒を教授するのはそも何の為か。事を好む為でも
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なければ、口を糊せんが為でも無い。詩文の為でも無ければ、
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博識を世に示さんが為でも無い。又、大に声誉を天下に求め
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んが為でもなく、再び世に用られんことを願ふが為でも無い。
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たゞ、論語の所謂「学んで厭はず、人を誨へて倦まざる」の
むね・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・
意を聊か体得し得たるが故に、衷心自づと斯くせざるを得ず
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して斯くしつゝあるに過ぎぬ。世人よ、吾を恠しむな、又、
・・とが・・・
吾を罪むるな。
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あゝ!心太虚に帰るの願ひ、此の唯一の願ひは恐らくは誰
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も知るまい。たゞ吾自ら独り知る外は無い。
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『洗心洞箚記』
(本文)その44
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