諸儒有史論、而
周程陽明先生等、
及史論亦罕焉、
何也。夫古今之英
雄豪傑、多従情欲
上做来。雖従情
欲上做来。則驚天
動地之大功業、要
夢中之伎倆而已。
評夢之是非、明
道君子之所不欲
言、而是所以史論
之亦罕也歟。故周
程陽明先生終日所
言所論、惟喚醒
自英雄豪傑至閭
巷愚夫婦之昏夢
而已耳。読其書、
可見其苦心甚乎
諸儒之史論也。
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(一)
大抵の儒者には史論がある。けれども、周程陽明先生など
まれ
の史論に及べるの極めて罕なるは何故であらうか。一体、古
今の英雄豪傑、多くは情の赴くに任せて其の事業を成就した。
情の赴くに任せて仕遂げた事業は、仮令それが驚天動地の大
功業であッたにしても、要するに夢我夢中の伎倆である。何
等自覚的の事業では無い。夢の是非を評する如きは明道君子
の言ふを欲せざる所、是れ取りも直さず、周程陽明先生等に
史論の罕なる所以ではあるまいか。周程陽明先生等の終日言
ふ所論ずる所は、唯々其等英雄豪傑より閭巷の愚夫愚婦に至
よびさま
るまでの無自覚な昏夢を喚醒さうとするにある。されば、是
等諸先生の著書を読むもの、宜しく其の苦心諸儒の史論より
も甚しきものあるを見るべきである。
聖人君子を英雄豪傑の上に置くはよろしい。が、英雄豪
傑の事業は全く夢中の伎倆、許する限りにあらずと貶す
べきか否か、此の点聊か同じ難い。
(一)周は周茂叔。程は二程子則ち程道明、程伊川。陽
明は王陽明。共に中斎の私淑してゐた人であッた。
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『洗心洞箚記』
(本文)その82
貶(けな)す
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