常人視 天地 為 無
窮 、視 吾為 暫。
故以 逞 欲於血気
壮時 為 務而已。
而聖賢則不 独視
天地 為 無窮 、視
吾亦以為 天地 。故
不 恨 身之死 、而
恨 心之死 矣。心不
死、則与 天地 争 無
窮 。是故以 一日 為
百年 、心凛乎如 臨
深淵 、不 須臾放失
也。故又嘗不 以 物
移 志、不 以 欲引
寿、要去 人欲 存 天
理 而已矣。彼則去
天理 存 人欲 也。去
天理 存 人欲 、是乃
常人之所 期、則去 人
欲 存 天理 之教、安
得 不 逆 其耳与 心哉。
彼以 逆 耳与 心、自
揣 之、則以 聖賢之教 、
必為 矯 人情 。為 矯
人情 、則其勢 不 得
不 謂 教 吾曲与 偽也。
此乃曲学偽学之名、所
由起 也歟。吁、非 曲
而為 曲、非 偽而為 偽、
曲而為 非 曲、偽而為
非 偽、理欲倒置、是非
逆為、豈非 可 悲哉。
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聖賢と常人と、斯様に違ッた生活を営むのは、何故か、思
◎ ◎ ◎ ◎ た ち ば ◎ ◎ ◎ ちが ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
ふに、其の立脚地が全く異ふからであらう。常人は天地を以
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て無窮だと思ひ、自分を以て暫く此の世に存在するに過ぎぬ
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とする。それ故、欲を血気の壮時に於て逞しうするのを務だ
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と心得ざるを得なくなるのである。聖賢は其の反対に、天地
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を以て無窮だと考へるのみならず、自分をも天地と同じに見
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る。故に、身の死を恨まず、たゞ心の死を恨む。たとひ、身
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は死すとも、心だに死せずば、天地と共に無窮を争ふものと
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信ずる。此の故に、一日を以て百年と為し、心、凛乎として
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ひきし ◎ ◎ しばらく ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
深淵に臨むが如く、常に緊張めて、須臾も放たない。心を緊
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張めて居て、須臾も放たぬが故に、物の為に心を奪はるゝ如
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なこともなく、物欲を満足せんが為に寿命の長からんことを
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ つゞめ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ねが ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
願ふやうなこともない。要約て言へば、聖賢の欲ふ所は、たゞ
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人欲の私を去ッて天理の公を存するにある。然るに、常人に
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於ては、丁度其の反対に天理を去ッて人欲を存しよう。霊的
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生命を捨てゝ物質的生命のみを保全しようとする。霊的生命
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を捨てゝ物質的生命のみを保全しようとするが故に、人欲即
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ち物質的生命を捨てゝ天理即ち霊的生命を存しようとする聖
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賢の教義が、どうしても、耳と心とに逆はざるを得ないので
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ある。
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更に常人は、自己の耳に逆ひ、心に逆ふの故を以て、自己
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の感情を尺度に他を 揣 り、而して思ふ。「聖賢の教は、人
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情を矯むるものである」と。人情を矯むるもと思ふが故に、
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勢ひ、「聖賢亦人情を有するに違ひない。而も、敢て人欲を
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去ッて天理を存せんといふは、此は恐らく、自己の本心を曲
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げ、自己の本心を偽ッて居るものであらう。」と考へざるを
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得なくなる。此れ乃ち曲学偽学の名の起る所以であらうか。
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曲ならぬを曲と思ひ、偽ならぬを偽と思ひ、曲を曲ならず
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と思ひ、偽を偽ならずと思ふ、理欲倒置、是非逆為、あゝ是
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何たる悲しむべきことであらう。
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『洗心洞箚記』
(本文)その133
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