由 是観 之、則孔子
之告、雖 如 発 於一
時 、其平生慎 独不
欺 心之工夫、無 有
少間断 。故其浩然之
気、塞 乎天地之間 。
蘇子之所 謂、卒然遇
之、王公失 其貴 、晋
楚失 其富 、良平失
其智 、賁育失 其勇 、
儀秦失 其弁 者也。是
故三子焉得 施 其害
哉。若常人告 諸三子 、
則陽受而陰誅 之、又
猶 趙高之殺 言 鹿者
然。故使 孔子処 鹿馬
之事 、雖 径言 鹿、
趙高不 独不 能 害 之、
却戦 其心 、沮 其謀
矣。是決非 余人所 及
也。夫径言 鹿者、雖
固非 黙者之比 、然特
発 一時慷慨之意気 耳。
何有 平生慎独不 欺
心如 聖人 之真修実功
也哉。然則非 浩然之気、
正大之心 也。非 浩然
之気、正大之心 、而辱
人猶受 禍、況挫 宰臣
之言 乎。宜哉「忠言発、
而陰禍臻焉。」故誠欲
尽 孝悌忠義於倉卒顛沛
之間 者、居常戒慎恐懼、
而不 可 不 為 理与 気
合一 也。不 為 理与
気合一 、而適発 於一
時一事 、則雖 殺 身無
益 於君父国家 、而天
之所 与 我之良知良能、
未 有 尺寸之発露 而与
身 減矣。豈非 可 惜乎。
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孔子の此の厳乎たる態度に就いて考へて見るに、孔子の此
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態度は、斉の陳恒が君を弑したる報を得て一時に発したるも
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のゝ如きも、実は其の平生に於て、慎独己が心を欺かざる工
◎ しばら◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
夫、少くも間断なきが為である。其の浩然の気が、天地の間
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に塞ッて居て、蘇東坡の所謂、卒然之に遇へば、王公も其の
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貴を失ひ、晋楚も其の富を失ひ、良平も其の智を失ひ、賁育
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も其の勇を失ひ、儀秦も其の弁を失ふものである。此の徳の
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権威、此の浩然の気、此の宇宙に充満するの力に対して、如
う ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
何して彼の三子輩、害を加ふることが出来よう。けれども、
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ おもて◎ ◎ ◎ ◎ひそか◎
若しも、常人にして諸を三子に告げんには、陽に受けて陰に
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之を誅する、又かの趙高が鹿だと言ッたものと同じく殺され
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たに違ひない。それに反して、若しも、孔子をして、かの鹿、
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ますぐ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
馬の事に処せしめたならば、勿論、径に鹿だと言ッたに違ひ
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ないけれども、而も趙高は決して之を害し得なんだであらう。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎おのゝ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ はゞ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
寧ろ却ッて其の心戦き、其の謀を沮んだに違ひない。是れ決
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ますぐ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
して余人の及ぶ所では無い。かの径に鹿だと言ッた者は、其
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の意気に於て、固よりかの黙するものゝ比では無いが、然も
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此は、特に一時慷慨の気の発したるに過ぎぬ。故に殺された
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のである。平生慎独心を欺かざる聖人の真修実功あるが如き
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結果を齎すことの出来なんだは、固より已むを得ない。聖人
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の真修実功ある、是れ実に浩然の気、正大の心である。浩然
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の気、正大の心なくば、人を辱しめてすら猶ほ禍を受くる。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ど う ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎
況して宰臣の言を挫く、如何して害を免れ得よう。宜なるか
◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ ◎ まこと ◎ ◎ ◎
な、忠言して陰禍臻ると。常人にありては此の言、実に真理
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である。故に誠に孝悌忠義を倉卒顛沛の間に尽さんと欲すれ
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ば、居常、戒慎恐懼、而して理と気とを合一せしめんければ
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ならぬ。理と気と合一せずして偶々一時一事に発するあらば、
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身を殺すと雖も天下国家を益するなく、天の我に与ふる良知
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良能、未だ尺寸の発露をなさずして、其の身と共に断減して
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了ふ。何と惜しむべきでは無いか。
浩然の気、正大の心、而して慎独自ら欺かざるの真修実
功、是れ実に我が中斎が理想であり信仰であッた。而も
彼、未だ此の聖境に達し尽さず。其の途に於て、忠憤を
発して自ら陰禍を買ふに至れる、命とは言へ、惜むべき
であッた。而も、彼が如き、末路を見たることが、反ッ
て此の理想の実現に向ッて猛然突進したるを反面より証
するでは無いか。
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『洗心洞箚記』
(本文)その149
齎(もたら)す
臻(いた)る
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