Я[大塩の乱 資料館]Я
2015.5.15

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『通俗洗心洞箚記』
その97

大塩中斎著 下中芳岳(1878-1961)訳

内外出版協会 1913

◇禁転載◇

下巻 (11)一一 天命を知れる者

管理人註

利害生死之境、 真不趨避之 心、則未五 十乃知天命也。 而動其心以趨避 者、則雖百歳老 人、実夢生焉耳。 比等命之知不知、 固無論矣。是故 人不以不早 知天命也。

  ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○  利害生死の境に臨んで真に趨避の心が起らぬならば、孔子 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○   ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ の所謂五十に至らずとも、其は乃ち天命を知れるものと謂ッ ○ よ ○ て可い。而して其の心動きて趨避する者の如きは、たとひ、 百歳の老人たりとも、其は実に夢の生である。此等の人に対 しては、命を知る知らざる固より論ずるまでも無い。されば、 人は、必ずしも孔子の所謂五十を俟ッて天命を知るを要せぬ。 一年、一日たりとも早く天命を知りて、安住の境地に達し、 以て意義ある生活を営まんければならぬ。

    利害死生の超脱是固より容易の業では無い。而も之を超 脱せざる限り、人は七尺の小我の捕虜たるに止まる、之 を超脱して始めて人は太虚の徳を体得し得るのである。

『洗心洞箚記』
(本文)その174
 


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