Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.1.26

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「大塩の乱関係論文集」目次


『今古実録大塩平八郎伝記』

その10

栄泉社 1886

◇禁転載◇

 ○大塩平八郎隠居して大望を企つる事(1)

管理人註
  

扨も大塩平八郎は、諸事万端に行渡り、御裁許筋等、聊も曲れる事なく、廉                    いひあへ 直なるは誰人ともに是を誉、当時の才智と言合り、時の奉行高井山城守殿、                になきもの              さげがたな   ゆる 渠が行状を感じ給ひ、重く用ひて無二者と、役所へ制禁の提刀をも免されけ                        ゆく る程の事なりしが、時到らずして奉行方も段々替り行に付き、我と慢ずるの           さかしらそね     かまび 心も出来、また人々の讒言嫉みに事喧すく、平八郎はつら/\世の有様を考        とて     をは             しか へしに、斯ては迚も勤め卒せじ、功なり名遂て身退くに如じとこそや思ひけ ん、招隠集といふ書を著し、其身は隠居の願ひをぞ奉行の許へ差出しけるに、 早速御聞済是ありて、養子格之助へ家督相続仰付られたりければ、則ち其身 は致仕しける、 其招隠集の中の詩に、   こじやうえんばかへり いまだかへらず こうなくしてぎよてうまたまさにひなるべし   湖 上 煙 波 帰 未 帰 無 功 漁 釣 亦 応 非   さいばいにちほうさいごのこうをたすけて こんしう ともにのするかい かのい   頼 任 地 方 済 時 効 今 秋 共 戴 芥 荷 衣 斯なん詩を吟じ、其身は明の王陽明が心学を教示し、号を中斎といひ、又洗    しよう 心洞と称し、印には聖朝吏隠の四字を刻し、常に門弟を集めて軍学を講じ、 また武芸を教授なし、人々の尊信浅からず、常に節倹を旨として、頗る富有         い つ の身なりしも、何時の頃よりか、稍(やゝ)自負高慢の心を生じ、今や御世も 泰平にて、国家の為には慶賀すべきも、世の武家なる者、武事に怠り、御政     たづさは 事の上に参与る諸役人等、賄賂に耽り、上に道なく下に礼なし、且や無学の 小人どもに妨げられて罪に陥り悲歎する者少なからず、      ゆゐめい          すつ 我今亡父が遺命あれど、是を捨るも世の為に名を遺すこそ却て孝なり、又憎               やつばら みても余りあるは、町家富有の奴原なり、渠等武士の困窮なすを直下なすの みならず、皆己等が財有るに誇り、失敬なす事常に多し、然れど此事他なら じ、金銀の為に制するを得ず、是全くは武士道の衰へしより起る者なり、因 て、今我柔弱の輩、驕奢に長ずる徒の為に、目を驚かす程の事を為さんが、                                やつら 夫に付ても、大坂城は日本の咽喉なれば、今城中は女子輩にひとしき輩が守 るぞ、幸ひ是を乗取花/゛\しく天下の勢を引受て、一戦なして死せんには、 天下へ対して不忠に似たれど、却つて武家を励さば、忠義の一ツともならん、                          はんど 老て病床に死せん事、士たる者の本意にあらず、然れば半途に破れんは、此           おもて               ひそか 上もなき恥辱なり、と陽に隠逸を専らとし、陰に軍術に心を委ね、無事に月         くはだて 日を送りけり、此企のある事を、誰人ともに知らざれば、大坂市中の町人等 は、平八郎が退身せしを、親に離れし心地して、皆々是を惜みあへり、            いへ 爰に平八郎が妾にゆふと言る者あり、旧新町の遊女なりとか、未だ其齢三十 も越ぬに、剃髪なして召使はるゝ、仔細を如何にと尋ぬるに、平八郎が勤役 中、或町方の者よりして、いと六ケ敷願ひ筋ありしを、取次遣はせしに、彼  いた            むくひ 者甚く歓びて、何がな平八郎へ報酬の為贈物せんと思へども、潔白にして一 紙も受ず、然りとて甚く世話になりしを、其儘にして打過んも心よからぬ事      かのもの          もと  たいまい なればと、彼者愛妾のゆふの許へ玳瑁の櫛を贈りけるに、ゆふは兼々望の品   いと                            とて最歓びて是を貰ひ、又なき物と秘蔵して居しを、或日平八郎が風と見付     よびたゞ              てゆふを呼糾すに、ゆふは包まん様なく、彼の貰ひし訳を委しく噺せば、篤 と聞て大いに怒り、右体の事是有ては我役義にも拘はる事とて、ゆふに暇を 遣はさんとしけるに、ゆふは深く歎き、其罪を謝し詫けれど、平八郎は決し て免さず、併し汝此家に永く仕へんとの心ならば、髪を剃て尼となるべし、 然あらば許して是迄通り差置べし、と言けるにぞ、            まだみそじ ゆふは泣々其意に従ひ、未三十にも足ずして、緑の黒髪剃落し、尼となりて 仕へけるに、此事を人聞伝へ、大いに恐れ感じ入、其潔白を称しあへりと、


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その12


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その49



















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頼佐 か


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