Я[大塩の乱 資料館]Я
2018.2.7

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「大塩の乱関係論文集」目次


『今古実録大塩平八郎伝記』

その17

栄泉社 1886

◇禁転載◇

 ○大塩兵を集めて軍を出す事(1) *1

管理人註
  

瀬田済之助が注進を聞て、大塩平八郎は、今は一時も猶予ならずと、相図の 狼煙を打揚て、近郷一味の者共を集めけるが、手始に先真向なる浅岡が宅へ 大筒火矢を打懸つゝ、又建国寺の東照宮の御宮へ火器を用ひける、是は建国 寺を焼立ば、是非とも御宮守護として、消防の為町奉行出馬あるに相違なし、 其時を待討取んと心搆へをなし居しが、夫も手違ひと成ければ、無念の事と                          ひとし 言ける内、近郷近在の百姓ども、相図の狼煙を見ると、斉く、すは事こそ始 まりたりと追々集り来りしにぞ、然あらば人数を手配して押出べしと、予て より用意し置たる旗幟を押立たるは、目覚しくも又勇ましき有様なり、 家の紋には蝶の丸を付来りしが、此度は本姓なりとて桐の紋の旗を真先に押                 あまた 立て、大筒を車に載せ、小筒火矢等数多所持し、先建国寺の手始めは、空し くなれば、然らばとて、一散に打散し押行と、下知を伝へて隊伍を乱さず、 大塩が宅より一行に備を立て押出しける、   めい/\                いざ                 よき 此日各自の出立には、着込の上に装束を着し、卒戦ひに臨みても、働き宜や う装ひしとぞ、 建国寺より引返し、聊か猶予すべからずと、長ネ町を向へ取、天満の町家を                          もえ 焼立て、勿体なくも天満宮へ大筒を打込たる故、忽神殿焚上り、見る/\一 面に火となりしが、此時宮奴宮殿へ入り、天満宮の石像を取奉り、何れにも 遁れ出んとせしかども、炎の中にて出べき道なし、コハ何とせん哀しやな、 此儘此処に尊像と倶に焼んも口惜やと、一心不乱に天満宮の御名を唱へて、    あちら こちら  さまよふ 煙中を那辺此辺と彷徨うち、其応護にやありつらん、此石像を辛ふじて無事 に出し奉つりしは、いと有難きことどもなり、  そも  抑天満に安置し奉る天神は、錦城の乾に鎭坐まし/\て、感応殊にあらた  にて、其宮殿の壮厳なるは眼を驚かす計なり、貴賎常に爰に群集し、其賑  ひ他に異り、彼氏子と称する者、大坂市中過半なり、逆徒其神明を恐ずし  て、宮殿を焼燼す、此悪業にても豈何ぞ志しを遂る事あらんや、恐れても  慎むべきの事ともなり、 逆徒の者共夫よりは、青物河岸へ押出して、天満橋を渡らんとせしに、此処 には御鉄砲同心に御城代の人数加り、倶に鉄炮の巣口を揃へ、厳しく固め居 たりし故、小勢を以ては破り難しと、只一面に放火して、大筒鉄砲火矢等を                   ふゑ 打放して押行内、追々逆徒到着し、味方殖れば勇気も増し、然ば此人数を以 て一勢に天神橋を押渡らんと、橋の方を見渡せば、南詰の方切落しあり、            きたな 平八郎是を見て打笑ひ、穢き奸人の仕業かな、察する処、十分に我天兵を恐 れたり、然れば河岸真西に押行て、難波橋を渡り責破れ、と又/\難波橋を 指して押行たり、            まかなひ       で き                   ゆたか 爰に大根屋とて本願寺の賄などする近来の出来分限あり、頗る身代も富裕な りしが、逆徒等此家を屹度見て、此大根屋を焼立べし、左すれば金銀を取出 さんとて押懸らんとして振返り、難波橋の方を見てあれば、此橋も既に切落 さんと杣共大勢打寄て、手々に斧もて橋杭を丁々と打有様に、此橋をまた落 さるれば、船なくては渡り難し、早く彼方へ押行とて、大根屋へは小筒のみ                          たまる 打捨しにて、難波橋の杣共を目懸打掛るに、何かは以て堪べき、杣は斧鋸を 打捨て、命から/゛\迯走る、爰に於て難波橋を難なく逆徒等押渡り、西へ 進んで押行けり、  筆者曰、天神橋、天満橋、難波橋は大坂の三大橋にして淀川の下流なり、  其長さ何れも百二十間余にして、江戸の大橋、永代、両国の三大橋の如く、  其間の隔たることも又同じ                          なにがし 此難波橋の南詰の、常に平八郎方へ出入をなす、八百屋何某といふ者なり、            のんど  うる 逆徒等此見世に立寄て、咽喉を湿ほさん為に、皆々祇園坊といふ柿を丸の儘 に噛りけるに、此家の亭主思ひけるは、今此柿を振舞からは、我家は無事に 焼れまじ、と彼祇園坊の柿の仕舞あるを箱の儘残らず取出し、十分に振舞遣 けるに、皆々残らず喰尽し、返礼なりとて大筒を打放せば、此家は忽ち灰燼 と成しとぞ、 扨も追々に人数増て五六百人となりしかば、先鴻池が出店ハ一軒も残らず放 火しける、此処には音に聞えし分限者多く、家毎に大筒火矢を打懸、土蔵穴       こぼ 蔵に至る迄打毀ちて、貯へ置る金銀数多を取出し、往来の者を呼て与んとす                ありさま            こと れど、誰有て是を貰ふ者なく、此形勢に恐れをなし、近付者壱人もなし、道 わり 理なる哉、此時節に如何に金銀が欲くとも、中々手を出す者あるへきや、依 て散々に打散して押行けり、


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