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因て其方案内すべし、と厳しく申付て、先に立せ、急ぎ美吉屋が宅へ至り、
さま
例の朝飯を送る体にて土間を越て、一人立の狭き所を通り越、三尺に足ぬ路
くらゐ
次に木戸あり、漸々屈みて肩を横にし出入をなすべき位なり、
いつも
かの女房は戸口に立、例の通り音なへば、毎時の食事を運ぶ者ならんと、格
うしろ
之助は戸を細目に明見るに、女房の背後の方に捕方と見える人数ども押懸た
はた しか
り、と見て取れば、其儘戸をば礑と立切り引込しゆゑ、捕手の面々聢と見届
てだて ためらひ
けはしたものゝ、如何なる手術やあらんかと猶予けるが、其内に中には人の
多く居て、鉄炮/\と騒ぐ声に、捕手の者ども声を懸、
かく とて
御上意なるぞ、平八郎、斯所在を知られし上は、迚も遁れぬ処なり、鉄炮な
おほ
どゝ罵れど、火器は残らず取上しからば、何時までか遁れ負せんや、尋常に
縄に掛るべし、卑怯なり、
と呼はりけるに、心得たり、と計り答へ、何やら騒ぐ物音するゆゑ、今は何
こみいれ
程の事やあらん、打破りて込入と、力を合せ一同は板羽目をば打破り、第一
番に進みしは、御城代の勘定方、岡村万蔵といへる者なり、
然るに場合狭き土間にして、椽側もなき小部屋の戸を、又一重〆切あり、此
戸を又も打破るに、寄掛たる畳打倒れて、格之助の死骸顕れ出たり、
平八郎は、小座敷の四方へ火薬を仕掛置、真中に立て肌を脱、今腹を切んと
せき
せし処へ、捕手の者ども乱れ入しに、心急迫て其隙なく、刀を逆手に取直し、
ふたかたな
二刀まで咽を突、三刀目には頂まで突貫きしが、刀を引拔、捕手を目懸投付
しを、万蔵棒にて請止たり、
【踏み込みの図 略】
其儘平八郎は俯伏しが、兼て仕掛し火薬に火移り、一時にパツと燃上り、黒
おもて むく
煙一室に充満しけるに、面を向べき様もなく、一同跡へ颯と引退き、夫より
おの/\
各々火を打消んと立騒く内、出火なれば両町奉行出馬あり、此火の手を見て、
火消人足駈付来りて、漸々に火を鎮めしが、此部屋の屋根へ燃抜たるのみに
て、余に類焼はせざりしと、
斯て両人の死骸を引出せしに、格之助は全身焼爛れ、胸の元をば刺通し、腰
おそらく
にも突疵一ケ所ありて、何様自殺にはあらざるべし、恐くは、平八郎が手に
掛、殺せしなるべし、又平八郎も惣身焼爛れて、面貌また分ち難く、俯伏に
とほりてがた
倒れしが、懐中には往来の通券あり、雷門、観永の名記しあり、雷門とは平
八郎が事にして、観永とは格之助がことか、
さま
是を以て見る時は、両人とも剃髪し、体を替しに相違なきなり、然れども捕
手の者押入し節は、其髪毛の有無見極めし者なかりしとかや、
既に両人の死骸を駕籠に乗せ、大塩平八郎、大塩格之助死骸と木札を付て送
られける、
扨美吉屋五郎兵衛夫婦の者へは、縄を掛、娘両人、下女下男六人、都合八人
かくまひ
は、其処の町役人へ屹度預けられ、又御詮議中の張本人を、五郎兵衛隠匿置
しを心付ざる段、町内の怠りなりとて、五人組并に年寄白子屋与一郎も召捕
となり、美吉屋夫婦、与一郎共町奉行所へ送られける、
彼張本人たる大塩父子の行衛、茲に至りて相知れしに、人々安心の思ひをな
しにける、
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『天満水滸伝』
その41
幸田成友
『大塩平八郎』
その162
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