Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.4.20

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その3

丹 潔

(××叢書 第1編)文潮社 1922

◇禁転載◇

第二章 与力時代
  第一節 人間的の話(1)

管理人註
   

 文政元年六月に祖父の政之丞は死んだ。平八郎がその家督を継いだ。同 三年、及び七年の『役人鑑』には目安役、並に『証文役』には、其の名が 出てゐる。同十年の『役人鑑』には、吟味役に昇進したとある。が、天保 元年に辞職した。畢竟、彼の在職は前後を通じて、本当に僅かであつた。  先づ第一に平八郎が在職中に生んだ珍事を略述して見よう。    第一項 心に繋けたら  或る日、友人が公文に印を捺さうとして、非常に当惑してゐるのを平八 郎が見て、 『どうなされましたか。』  と尋ねた。 『今朝、首に印を繋けて来たと思ひましたが、どうも見あたりません。そ れで弱つてゐるのです。』  と、友人は彼に、その悲痛を訴へた。 『首なんかにかけるから、間違ひを生じたのです。それほど大事な物を、 どうしてる心に繋けなかつたのです。』  この返答には、道な友人も胆玉を抜かれた。    第二項 問題の菓子箱  平八郎は高井山城守の命令によつて、沈滞せる訴訟事件を引受けた。  平八郎が、某方で槍術の練習をして帰邸すると、床の間に一個の立派な 菓子箱があつた。開けて見ると、金銀がいつぱい詰つてゐた。それは原告 からの賄賂の標として贈つて来たのだ。彼はその菓子箱を見つめて、 『俺をこの金銀で買収しようとするのか。大名なればともあれ、この大塩 平八郎は、こんなものでは動かぬ。』  と、苦笑した。  栽判の日であつた。  平八郎は、この日に限つて、多くの同僚を蒐集して、自分の背後にずら りと並ばせた。彼等は、その行為に驚いた。  やがて原告は出て来た。彼は地面に額を摺りつけて黙つてゐた。 『苦しうない。顔を上げい。あの菓子箱は結構なものだ。』  平八郎は原告に礼を云ふと、同僚がこそ/\彼の悪口を云ひ初めた。平 八郎は傍にある風呂敷から、菓子箱を出して、同僚に突きつけた。 『貴殿方はお菓子が御嗜好ですな。貴殿方はお菓子の分量によつて法を決 めるのでせう。実に結構なことです。この訴訟が、延期したのは、お菓子 が僅少だつたからでせう。』  彼は箱の蓋を開けるや、直ぐにひつくり返した。  一座の者は顔を見合はせて蒼くなつた。 『貴殿方はお菓子に食べられてゐます。』  と、彼は大声を放して、ぷり/\しながら退去してしまつた。


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