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彼は陽明学者として知行合一を唱へ、また門人に対しても『洗心洞入
学盟書』を起草して『不善に流るるの弊を防ぐ』がために小説書を読む
を禁じ、また樓に登り酒を縦にする等の放逸を禁じ、これを犯した者に
対しては鞭撲の厳罰に処すことを規定して置きながら、彼自身の内行に
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至つては表裏相反するものがあつた。彼には正妻といふものがなく、ゆ
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ふといふ妾を置いてゐたが、このゆふなる女は決して素性の正しい者で
なく、曾根崎新地の娼家大黒屋の娘であつた。それがどういふ訳か非常
に彼の気に入つたので、これを妾とすることになつた。しかし世間体を
繕ふがために、その門人たり且つ友人たる橋本忠兵衛の妹分として、こ
れを家に入れたのである。それから、養子の格之助に娶はすべき約定で
養つて置いた摂州般若寺村忠兵衛の娘みねといふ少女と通じてこれを姙
孕せしめたといふ風評がある。しかし『咬菜秘記』にはこれを虚聞とし
て飽迄否定してゐるが、しかし煙のない所には火が上らぬ。彼には娼家
の娘を妾にするが如き儒学者にあるまじき非倫の内行があり、また他に
何か非難せらるべき行為もあつたので、このやうな風評が起つたのであ
らう。いづれにしても彼の素行に著しい欠点があつたのは明かである。
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『洗心洞入学盟誓』
『洗心洞箚記』(抄)
その6
井上哲次郎
「大塩中斎」
その15
姙孕
(にんよう)
妊娠すること
坂本鉉之助
「咬菜秘記」
その4
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