柏岡源右衛門
摂津東成郡般若寺村年寄。同村橋本忠兵衛の紹介にて天保五年大塩平
八郎の門に入り、後乱に与みし二月廿五日支配役場に自首し出でやが
て死す。〔六三〕
梶野土佐守
名は良材。文政八年六月広敷用人より禁裏附となり、天保二年四月奈
良奉行に転じ、七年十二月京都町奉行となる。九年二月作事奉行に移
り、十一年九月勘定奉行勝手方となり、十四年十月職を免ぜらる。
〔六二〕
河合郷左衛門
大阪東組同心、河合善太夫の子にして見習勤務中、天保八年正月廿七
日三男謹之助を伴ひ出奔して大塩の乱には与からず。
〔四四、四八、五一〕
河合八十次郎
郷左衛門の子。天保十二年十二歳にて大塩の門に入り、寄宿す。乱の
起るに先ち密訴者の一人なり。〔五一〕
川路聖謨
通称三左衛門、後左衛門尉と改む。敬斎また頑民粛と称す。徒士内藤
吉兵衛の子。享和元年四月豊後日田代官所に生れ、後江戸に移り、小
普請組川路三左衛門の養子となる。十八歳にして支配勘定出役に採用
せられ、勘定吟味役、佐渡奉行、小普請奉行、普請奉行、奈良奉行、
大阪町奉行を経て嘉永五年九月勘定奉行となり家禄を加増して五百石
とせらる。安政五年西丸留守居に遷され、翌六年職を免じ隠居す。文
久三年五月再起せられて勘定奉行格外国奉行となり、ついで之を辞し
隠居す。晩年中風を疾み、慶応四年三月時事を慨き病床に自殺す。年
六十八。〔一四、一五、一六、一九〕
川路弥吉 聖謨に同じ。〔一六〕
神谷転
出石侯仙石氏の臣。江戸奥詰神谷七五三の弟。仙右左京の威福擅を擅
にし主家に取つて代らんとするの野心を観破し孤忠を抜んで、遂に其
目的を達し後藩の家老となる。〔一三、一四〕
木内惣五郎
下総公津村の人。農を業とし代々百余箇村の割元名主を勤め、家また
富む。寛永中租米の事により領主堀田正盛に直訴を企て正保二年八月
処刑せられたりと伝ふ。〔二一〕
栗本鋤雲
初名喜多村哲三。幕府の医官喜多村槐園の第三子。後栗本氏を嗣ぎ瑞
見、又瀬兵衛といひ、鋤雲また匏庵と称す。初め安積艮斎に学び、後
昌平黌に入る。又医を多紀楽真院、曲直瀬養安院に学び、嘉永三年内
班侍医に列す。安政五年蝦夷に移住し、文久二年士籍に列し、箱館奉
行支配組頭となる。十二月江戸に出で昌平校頭取となる。明年七月監
察となる。後主として外交の事に関与し外国奉行となる。慶応三年徳
川昭武に従つて欧洲に至り四年帰朝して帰農す。明治七年報知新聞社
員となり、十九年辞す。明治三十年三月死す。年七十六。著書匏庵十
種、横浜半年録、五月雨草紙等あり。〔二〇〕
栗山大膳
名は利幸。或は利亮ともいふ。筑前黒田氏の臣、利安の子。長政に近
侍し屡々功あり。父の後を嗣ぎて一万八千余石を領す。寛永五年疾を
以て致仕せしが後命を受け再出任して新主忠之を輔佐す。然れども不
幸にして讒に遭ひ江戸に召され、罪を断ぜられ寛永十年三月南部氏に
預けられ盛岡に居る。承応元年三月死。年六十二。〔一二〕
栗山利安
播州姫路の人、通称は備後、小字は善助、十余歳にして黒田如水に仕
ふ。後諸所の軍に従ひ功あり。文禄朝鮮晋州の役殊に著はる。慶長庚
子役また功少なからず。長政の筑前に封ぜらるゝや一万五千余石を賜
り左右良城に居る。性謙譲にして矜らず。最も麗食美衣をきらふ。寛
永八年死。年八十三。〔一二〕
黒田忠之
長政の長子、童字万徳、慶長七年福岡に生る。十七年元服して右衛門
佐と称す。翌年秀忠の諱字を賜はり忠長と名づく。後今の名に改む。
大阪両度の役従ふ。元和九年遺領を嗣ぐ。寛永三年従四位下侍従に叙
任す。後島原一揆の乱わ討じて巧あり。十八年二月長崎守衛を命ぜら
れ、二十年より鍋島氏と交代番衛に当る。承応三年二月福岡に死す。
年五十三。〔一二〕
小泉淵次郎
大阪東組与力。郡山藩主柳沢氏の臣青木弥之助の甥。天保三年東組与
力小泉忠兵衛の養子となり、大塩門下に入り、挙兵の日町奉行所にて
殺さる。時に年十八。〔四八、五三〕
古賀小太郎 庵に同じ。〔三九〕
古賀 庵
精里の子。名はU、字は季曄、【個】庵は其の号なり。幼にして戯を
好まず、群児に敬憚せらる。寛政八年父の幕府の辟に応じて東上する
に従ひ江戸に出で、勉学大に努め文化六年擢でられて幕府の儒者とな
り、米二百苞を賜はり父と並びて学政を董す。十一年両番に進み尋で
御儒者に転じ両番の上に班す。弘化四年病みて死す。年六十。
〔三三、三六〕
小堀政方
初名政弥、金次郎と称す。政蜂の子。寛保二年伏見に生る。宝暦八年
十二月従五位下備中守に叙任し、十一年二月遺領を継ぐ。明和七年三
月大番頭となり、安永七年十一月伏見奉行に転じ和泉守と改む。天明
五年十二月市人訴訟の件により職を奪ひて出仕を停止せられ、六年三
月免さる。ついで八年五月政法宜しからざる事多く遂に領地を没収せ
られ、大久保忠顕に召預けらる。〔二一〕
近藤梶五郎
大阪東組同心近藤鍋五郎の子。大塩平八郎の門に入り挙兵に与みし、
後ち罪に処せらる。〔四八〕
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