野口市郎右衛門見聞之記録 その9 |
---|
大 塩 凶 乱 に 就 い て の 聞 取 風 聞 書 |
| 大 塩 凶 乱 は 一 朝 の 軽 挙 に あ ら ず |
平 八 郎 諌 を 納 れ ず |
中には直諌抔致し候者も有之候得共、厳しきめに遇ひ、既に彦
根侯家中宇津木香之助 *1 と云ふ仁、武術には委しく、兼て平八郎と学友なれば、長崎より帰路被立寄候処、平八郎宿志を被話候処、香之助大に被諌候に付、一応は平八郎も改過の体を見せ、門人大井庄一郎へ内意申付け欺き、鎗にて突殺したる人とも十九日発起の已前に有りたり。 | |
西 奉 行 大 坂 巡 見 の 次 第 |
一、西御奉行堀伊賀守頃日大坂著に付、大坂町々巡見有之趣町触にて、跡部山城守様にも先例の通御立言に付、十九日巡見当日の処、俄に相止み候。是則ち平八郎宅向ひ朝岡助之丞殿へ巡見、先例両奉行へ立寄候機を考へ、兼て趣向の大筒火器を打込の手筈の由、既に十八日夜吉見・河合の両子内訴より泊番御糺に相成り、瀬田済之助は塀を乗越え逃去り、小泉淵次郎は近習等へ手向致し、鎮守稲荷社前にて被打果候。此珍説より弥々、御備に相成り、済之助注進より平八郎方にも、十九日朝発起と成りたり。此一條は両御奉行書上げて、具に御認の事。
|