Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.3.26

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

丹州織田家騒動一件 その3








  六月七日

六月下旬の頃なりかと覚ゆ、酒井大和守殿へ御預となりし処の、柏原 の囚人自害せしと云ふ。同じき頃松平大和守殿へ御預となりし大塩掛り平山助右衛門も自害せしと云ふ事なり。

八月七日、夜三更上町出火、家敷二十五軒計り焼失、 七月下旬より此節に至るま で寒気至つて甚しく、布子を著するになほ寒き程の不順の気候なり。米価百 二十五六匁位。

十五晴、今夕月触

 









豊後国明礬山より水溢れ出、至て洪水の由。筑前国洪水にて、芦屋辺三万石計りの処、溜水一丈計り、六月より七月にかけて田畠一面に浸りし事故、水引きて後稲株腐りしに、其腐りし株よりして新芽を生じ、穂を出す。其実入大抵七分作位の事なり。是等すら此の如き事なれば、九州より中国筋すべて七八分の作なりと云ふ噂なり。されども近年米価高直なる故、何れも身分相応に米を貯へぬると、諸侯にも近年は世間騒々しく、折々一揆乱妨等の事抔国々に有りぬる故、少し其心構も有りぬるにや、何れも米を貯へ特てる事と見えて、長州萩の城下にて白米一升百六十文、長府の辺にては百三十八文なりと云ふ事なり。

廿三日未明より雨、夜に入風雨烈しく終夜止まず。米価此五□日前には百十五六匁位に至りしに、次第に上りて百二十匁位と成り、一石の米を求むれば百三十目余に成る。これを白米になす時は、百五十文余に当る。盆後よりして堀川の砂持又々大はずみにて、近来に至りては身廻り行粧、天神・御霊等に異なる事なく、戎島よりは神事に出す 処の人形船を飾り、囃したて行きぬる抔けしからざる事なり。

 


「浮世の有様 丹波織田家の騒動


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