Я[大塩の乱 資料館]Я
2004.4.2

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「浮世の有様 巻之八」

◇禁転載◇

丹州織田家騒動一件 その4










廿四日曇、未の刻より雨、先達てより福島上の天神の宮へ蜂巣をかけしに、玉子形にして、高さ一尺、廻り二尺八九寸計り、又高松の屋敷山本半九郎能舞台にも同様に巣をかけぬ。之は天神の巣よりも少々大なり。山蜂の里に出でて巣をかけし事、是迄大坂抔には古来よりなき事なれば、大に之を珍らしがりて、見物群集すること日々に甚し。

之に依つて天神の社内にては見せ物・力持等を始むる程のことなりし。

 







又西の宮蛭子の社にも同様に巣を作りぬる故、之も珍らしがりて大勢の見物絶えざりしに、廿四日何れより出来りしやらん、大なる山蜂数百、其巣を破らんとするにぞ、巣中の蜂悉出でて之を破られじと争闘すれども、之に敵し難く、外より来れる一羽の蜂に十計り掛りて挑み戦ふと雖も、悉く螯(さし)殺されて之を防ぎ難く、残る蜂皆散乱して巣を十分に破られぬ。

同廿五日、上福島天神の巣も同様の事にて大戦有りしが、之も仰山に喰殺されて巣を散々に破らる。其辺の人々大勢来りて、外より来れる山蜂を多く打殺せしかども、之を事ともせず十分に巣を乱妨し、悉く飛去りしと云ふ。

予も其噂を聞きし故、其後通り掛り之を見たりしに、巣は大に破られ、蜂の死骸其辺に散乱し、奇怪なる有様なりし。

九月朔日辰刻微雨、午の刻止み、未の刻より再び降、夜に入り止まず、

二日曇、時々雨、昨年 七月五日能勢郡乱妨の者妻子・余類御呼出と成り、悉く手軽く御免有り。

 






  江戸作割の写 九月六日

五幾内六分三厘・東海道六分・東山道五分五厘・北陸道五分二厘・山陰道五分・山陽道六分・南海道六分二厘・西海道五分・奥州 三分六厘 四分七厘・関八州 五分九厘 五分五厘 平均五分四厘七毛

 


「浮世の有様 丹波織田家の騒動


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