Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.5.12

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩中斎』

その6

山田 準(1867−1952) 

北海出版社 1937 『日本教育家文庫 第34巻』 ◇

◇禁転載◇

前編 修学及吏職
 第六章 儒学転機
管理人註
   

 中斎は初め家譜を読んで功名心に燃えたが、既にして与力の職に就き、 実地公職を執るに及び、自己学問の素なく、驕慢非僻心を欺き、理に背 くことの多きを慨み、心機一転、決然儒学を志ざした。即ち従来は外に 向つて功業に熱中したが、今は自分の病を治め、自己を完成することの 緊切を覚り、志望再変したのである。時に中斎二十歳であつた。此に至 つては中斎既に功業窩中の人では無かつた。佐藤一斎に与へた書中に曰 ふ、                     ユ  向者之志欲立而不立。依違因循。年踰二十。吏人未嘗有学  問者。故雖過失。無益友誡之者。其勢不欺罔非  僻驕慢放肆之病也。而無是非之心人也。竊自問於心。則作止  語默。獲罪於理者蓋夥矣。要与笞杖下赭衣一間耳。而無羞                            ○  ○ ○ ○ ○  耻之心人。治彼罪也。則不己病也。治病奈何当   ○ ○ ○ ○  ○ ○  ○ ○ ○  ○ ○         ○  ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○  従儒以読書窮理而後愈矣。故就儒問学焉。於是功名気節之志乃   ○ ○ ○ ○  自一変矣。  中斎は因循擬議の人でない。既に囚人を治するに当り、自己の心事 を省みて、赭衣の囚徒と一間の差なきを覚つては、功名心は一朝に霧散 した、猛然として自己の病を治むべく儒学に向つたのである。



石崎東国
『大塩平八郎伝』
その22

幸田成友
『大塩平八郎』
その174

 


『大塩中斎』目次/その5/その7

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