![]() 承認は幸福への道であり、叱責は不幸への道です。 このように単純化できますが、現実はそう白黒で割り切れるものではありません。職場や家庭の実際は承認と叱責が混じりあっているものです。叱責100パーセントということはありえないが、比較的叱責の度合いが高い環境というのはあります。 私の育った環境というのは家庭にせよ、学校にせよ、叱責の度合いが比較的高い環境でした。そうした環境に身を置いていると、承認100パーセントの状態は生ぬるく思うものです。 この件で思い出すのは、私の大学時代の恩師のB先生です。B先生は米国人で、もと宣教師だった方ですが、厳しいことや辛らつなことは一切口にされませんでした。私は学生時代、他の同級生と一緒によくB先生の家に出入りしたものですが、B先生の家庭も円満そのもの。ご夫妻は常に笑顔でお互いをたたえ合い、良きことのみを語るというふうでした。 結構辛らつな家庭で育った私は、そうした家庭環境を生ぬるく思い、当時はB先生をそう高く評価していたというわけではありません。 一方私は学生時代は結構他人に辛らつだったと思います。結局、学生時代の人間関係で現在まで残っているものはごく僅かです。 承認の世界が理解できず、他人に辛らつだった私は、社会人になってからなかなか結婚できませんでした。なぜか解らないが付き合った女性がすべて逃げていく。失意のなかでもがくうち、承認の世界に徐々に目覚めていったのです。結局結婚できたのは承認を身に付けて、辛らつさが払拭されたことも大きいと思います。 B先生は定年で退官後帰国され、その後一度来日されました。その折、同窓会が開かれたのですが、全国津々浦々から驚くほどたくさんの同窓生が集まりました。つまり承認100パーセントのB先生はそれほどの人徳を持っていたということです。あらためて承認100パーセントの生き方の功徳に目を見張った次第です。 B先生にならって私自身もほぼ承認100パーセントでやっていますが、お陰で対人関係には恵まれています。職場も家庭も円満です。 ちょっと生ぬるく感じる承認100パーセントの世界は正しい、あるべき世界です。生ぬるく感じるとしたら、それはあなたが叱責の世界で育った結果、まだまだ叱責を肯定しているからだと思うのです。
![]() 承認は幸福への道であり、叱責は不幸への道です。 叱責などしなくてもいくらでもやりようはあります。 たとえば横長の名刺は長辺を相手に向けて提示する、という常識があります。仮にある若手社員がこれができておらず、短辺を相手に向けて提示していたとします。 @「何をやってるんだ。そんな常識も知らないのか。今まで何を習って来たんだ」は叱責。 A「君ね、名刺はこう出すんだ。わかったかね」は叱責のない指導。 その若手社員だっていろいろ言い分はあることと思います。@は恥じ入って落ち込むが、反発も招くはずです。Aなら反発ゼロで、恥じ入る反面、そういう指導をしてくれた上司に感謝すらすることでしょう。 叱責というのはキャッチボールにたとえると取れもしない高い球を投げてよこすようなものです。相手は転々と転がっていくボールをグラウンドの隅まで拾いに行かなくてはなりません。それだけの精神的葛藤を生むものです。 それに「グラウンドの隅まで拾いに行く」というのはムダ以外の何者でもないでしょう。この精神的葛藤は有意義とは程遠いものです。当然拾いに行く人間は反発します。 そんなことをせずとも胸元に球を返してやればいいわけです。それが叱責のない指導です。 時と場合によっては苦言を呈する必要はあるものですが、叱責という形をとる必要は全くないと私は断言します。人間穏やかに言えばわかるものです。叱責したところでいささかも状況が改善するわけではありません。それどころか全てが失われるだけです。 責めたり咎めたりの「叱責」という手段に訴える人は「程度が悪い」というしかありません。少なくともこの点に関してこの人の人間理解は発展途上であって、「愚か」というのは失礼にせよ、そう断じるしかないと考えます。
![]() 地球上には「親和の法則」が働いており、「類は類を呼ぶ」と言われます。これは承認にも当てはまります。 人は誰も承認されたいし、承認される必要があるのでしたね。 では他人から承認されたら、当然親しみを感じるはずです。この親しみは相手に対する批判にはなりようがないでしょう。親しみは欠点だらけの人間からでもなにか美点を探し出し、それを肯定するという行為に必ずつながるはずです。だから承認は承認を呼ぶのです。 この逆も言えます。 もし他人から叱責されたら、必ず意気阻喪するものです。しかも普通は他人の叱責に100パーセント同意できるものではありませんから、同意できないことは叱責した相手に対して陰で反発する結果となります。叱責は反発を呼ぶわけです。反発とは他人から承認されないことです。 ふだんあなたは面と向かって相手を承認していますか。その回数が多いほどあなたは他人を幸福にして自分も幸福になっているはずです。相手を承認することで、お互いに承認し合う関係になるからです。 ふだんあなたは面と向かって相手を叱責しているのですか。その回数が多いほどあなたは他人を不幸にして自分も不幸になっていることでしょう。相手を叱責することで、お互いが承認し合えない関係になるからです。 承認すれば、お互いに承認し合って、他人を幸福にして意欲を引き出し、その結果自分も承認されて自分も幸福になります。 叱責すれば、お互いに承認し合えず、人を不幸にして意欲を殺ぎ、その結果他人から承認されずに自分も幸福になれません。 どちらが良いかは明白です。明白なはずだが、多くの人は承認を選択していない。考えればおかしなことですね。叱責などしなくてもいくらでもやりようはあります。 承認は幸福への道であり、叱責は不幸への道だということです。
![]() 「まず自分自身を承認せよ。さすれば全ての人を承認できるようになるであろう」 人間は承認を食って生きている生き物なのです。まず自分で自分が承認できなければなりません。そして他人から承認してもらわなければなりません。 これは自分にとって真理であり、他人にとっても真理です。だから自分自身が承認できるようになれば、必ず他人を承認できなければならないのです。 もし自分が承認できて、他人が承認できないというのであれば、単に自己中心的で、精神的に未熟であるわけです。子供だ、と言ったら言いすぎでしょうか。 精神的に成熟した大人であれば、この理(ことわり)は自明であるはずです。 そしてあるとき他人を承認するなかに、自分自身の承認も含まれていることを知るにいたると思います。承認は自他一体のものなのです。しかし、心すべきポイントは自分自身を承認できてこそ、他人が承認できるということです。 「承認の世界に生きよ、それはあなたを幸せにし、他人を幸せにする」 人生を開く鍵は「承認」に見出せます。真理の把握にはいろいろの側面があると思われますが、承認は間違いなくそのひとつでしょう。
![]() 以前こんなことがありました。 ある既婚女性ですが、子供はなし。ご主人の転勤について行って、米国で仕事をしたこともあるとのこと。この人はおそらくは履歴書から切り貼りしたと思われる7〜8社くらいの職歴を送ってよこし、 「コーチングを体験してみたい」 と書かれていました。想いが伝わって来ないので、気が進まなかったのですが、相手をしたところこう言うのです。 「今の自分にコーチングが『ベネフィット』があるかどうか試したい」 私が絶望感を感じたのはこの人に自分がどうしたい、という意図がなく、それを私に考えて欲しい、と投げて来ていることでした。そんな状態ではコーチングであれ、カウンセリングであれ、なんであれ、『ベネフィット』なんぞあるわけがない。 以来この手の何をしたいか文面から読み取れない人は、たとえコーチングの体験を申し込んで来ても、書類選考で足切りすることにしています。 さて先日似たような内容の、想いが感じられない「依頼」を受け取り、辞退したところえらくお叱りを受けました。 「メールだけで断られるとは思わなかった。会ったこともない人にメールで核心は語れない」 たしかにそういうところはあるかも知れませんが、一通のメールで想いが伝わらないなら書き方が悪い。メールは真剣勝負であるべきなのです。文面から伝わってくる想いが感じられなければ、所詮たいしたことないと思っています。 |
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500 ADD
499 具体的で辛口の承認 498 承認は「ノリ」というプラス・アルファを生む 497 承認を少しでもいいから絡める 496 木に登らせる * 495 ペーシングなんて 494 コーチングはスキルではない 493 コーチングの種類について 492 嫉妬と承認欲求 491 承認欲求 * 490 自己実現欲求と承認欲求は表裏一体 489 究極の自己承認 488 相槌・うなずき・オウム返し 487 成功哲学と自己承認 486 承認とは自己承認の増幅 * 485 インターネット・マーケティング 484 とにかくいい時代 483 四十肩(五十肩) 482 夏の思い出(パート2) 481 夏の思い出 * 480 日経経営セミナー(大阪) 479 次の志 478 志がなくては 477 立志の自己承認 476 相手がある問題 * 475 まず自己承認を確保せよ 474 窮地を乗り越えるとは 473 積極心とは、信念とは 472 承認は人生だ 471 すみやかな忘却 * 470 承認の世界は生ぬるい? 469 「叱責」は「愚か」 468 承認は承認を呼ぶ 467 承認の世界に生きよ 466 メールは真剣勝負 * 465 承認の調整機能 464 承認は功徳だ 463 配偶者の承認 462 プライド 461 座右の書 * 460 寛容さ 459 すべてを承認につなげよ 458 昼間何をするのか 457 値上げだと? 456 臭くあるな、らしくあれ * 455 気安くほめるな 454 社会経験 453 ルールの違い 452 うまく辞めさせるのもビジネス・コーチングのうち 451 「げっそり感」はコスト *** コーチングを受けてみませんか
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