Я[大塩の乱 資料館]Я
2013.2.10

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「大塩の乱関係論文集」目次


『民本主義の犠牲者大塩平八郎』

その77

相馬由也

開発社 1919

◇禁転載◇

十 陽明学と彼の所謂孔孟学 (7) 管理人註
   

 いな  洗心洞箚記一巻を取つて、仔細に之を検するに、平八郎は忠実なる陽 明の信奉者であつて、別に何等の新説を加へぬ。即ち陽明の心、即理気 合一から致良知、知行合一は固より、排仏老等の諸説に至る迄皆一意姚 江の流を汲んで居るものだ、世には彼の帰大虚の説を以て何等か独創の けん 見の如くにいふものがあるけれども、是とても陽明には、唯平八郎の如             わやう くに説くこと多からず、又話様を異にするといふ丈で、全然平八郎が一                              あきらか 新説を発明し得たといふ程でないと思ふ。即ち、それは彼れ自ら明に、 人の「陽明先生も亦、明に太虚を言へること有る乎」と問へるに対して、 有りと答へ、「良知の虚は、便ち是れ天の太虚、良知の無は、便ち是れ 太虚の無形、日月風雷、山川民物、凡そ貌象形色あるは、皆太虚無形中           いまだ      しやうげ  な に在つて発用流行し、未嘗て天の障礙を作さず、聖人は、只是れ其良知     したが の発用に順ふ、天地万物、倶に我良知の発用流行中に在り、何ぞ嘗て又 一物の良知の外に超え、能く障礙を作す有らんや」との伝習録中の陽明 ことば の語を引用して示して居る。    況して陽明以外に求むれば、虚を語るもの甚だ多く、為に彼には特に                               なかんづく 儒門空虚聚語の一篇ある程で、洗心洞箚記中にも、一二之を掲げ、就中                                せつ 張横渠の説を最も多く示して居る。而かも彼の説き方が、最も俗耳に切 にして親しみ易く、悟り易きものであることは争はれぬ、例へば「天は こと 特に上に在つて、蒼々たる太虚のみならざる也、石間の虚、竹中の虚と 雖も、亦天也」とか、「唾壺の虚は空中の虚と一般」とか、「方寸の虚        は口耳の虚と本と通じて一、而して口耳の虚は即ち亦太虚と通じて一、    かぎり 而して際無し、四海を包括し、宇宙を含容す、捉捕すべからざる也」と か「常人方寸の虚は聖人方寸の虚と同一虚、而し而して気質は則ち清濁      おなじ 昏明、年を同うして語る可からざる也、猶ほ貧人室中の虚は、貴人室中                    をくしやう の虚と同一虚、而して四面の障壁、上下の屋牀は、美悪精粗の同じから ざるが如き也、而して方寸の虚とは、便ち是れ太虚の虚にして、太虚の                         しようへき 虚は便ち是れ方寸の虚也、本と二無し、畢竟気質之を牆壁する也、故に                      さながら   せうえう 人学んで気質を変化すれば、聖人と同じき者、宛然偏布照耀す、包涵せ ざるなし、貫徹せざる無し、鳴呼気質を変化せずして学に従事する者は、       其学ぶ所、将た何事ぞや、陋と謂つ可し」とかいひ居る類がそれである。



















『洗心洞箚記』
その165

障礙
(しょうがい)
障害

















『洗心洞箚記』
その2





『洗心洞箚記』
その189



『洗心洞箚記』
その11






牆壁
隔てるもの

照耀
ひかりかが
やくこと


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