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ひとつ
斯て四人の者共は、先の三人と一団になり、都合七人、城州が出馬に従ひ罷
り出んと鋭気を養ひ居りたりける、
此時役所の防禦手薄く、御城代へ伺ふべき隙もなければ、取敢ず京橋組へ、
直々に与力同心の内参り候様申遣はしける処、京橋組には、此節は御定番た
る米倉丹後守、未た御役仰付らるも上坂あらざる時なれば、此儀御城代の御
下知ならねば此手の防禦差置て罷越難き由を答ふる処に、御目附中川半左衛
ことば
門、犬塚太郎右衛門来合せて、是を聞れて言を改め、何條然る事の候はん、
跡にて御城代には申べし、某等差図に及ぶ、早々加勢に相越べし、と申渡さ
れ、承はり、与力清水理兵衛、広瀬次左衛門、沖鉄之丞の三人は、同心三十
人を引具して、奉行所へ加勢として到着しける、
依て玉造方には、防禦の場所京橋組へ引渡し、午の中刻、同勢引具し、馬印
をば真先に押立、跡部山城守出馬あり、玉造御定番遠藤但馬守の陣代重臣畑
佐秋之助、是に加はり、与力七人、同心三十人、是を二行に組立て、秋之助
およそ
差配なし、平の町筋を西へと押行に、逆徒、凡一町半程向の方より大筒を打
と き
立、黒烟を揚、真先に旗押立、鯨波を造りて打立来る、
先に進みし同心の七尾清次郎、岡島官兵衛、糟屋助蔵、山崎弥四郎、間近く
進んで、一同に筒先揃へて打立けるに、逆徒等此筒先に打惱され、雑人原の
打倒されしに、颯と乱れて散乱す、此内追々筒先揃へ、無二無三に打散した
り、
時に西奉行堀伊賀守にも此所へ乗付来られしが、人数不足と、御定番の陣代
つぶさ
畑佐秋之助へ旨を具に談ぜられ、与力脇勝太郎、米倉倬治郎、石川彦兵衛の
そこばく
三人に同心若干を加勢に借受、両手の備を押進ましむ、
城州方の人数には、思案橋をば打渡りて、真一文字に押進む、又伊州方の人
数には、本町筋へ平一面に押行所に、城州の先手堺筋に至る時、其間一町計
り隔て相対しければ、逆徒等望む所なりと、馬印をば目当にし、烈敷鉄砲を
ねらひ つか
打掛しが、中にも大炮を差向ける時、巣口仰向て目的付ねば、車の跡へ棒を
入、是を押直さんとする内に、此方の与力同心共、爰ぞと筒先揃へて、透間
あめあられ
もあらせず、烈敷込替、雨霰の如く打出しける、
かるゝ
此時坂本鉉之助、本多為助の両人は、声の嗄計り同音に打や、人々/\と呼
すさまし
ばり/\、十匁の筒先固めて打払ふ、其有様こそ凛烈き、然れど兎角に鉄炮
の玉は空へと飛けるにぞ、
折敷て打べしと頻に呼はり示けるが、双方より打鉄炮の音と鬨の声とに遮ら
れ、更に耳へも入ざりしと、
筆者曰く、古語物語等を見るに、都て物の前にては、我知らず筒先上りて、
おりしげ
玉は空を飛ものなりと、故に人に当らず、夫故に大将下知して、只々折敷
まし
と下知をなす、况てや斯太平の世にて、唯的にて修行せし者なれば、如何
せき
に其術に秀でたり共、人を討んと思ふ時は、中々心急て、目眩み、手元自
然と上り勝なるべし、故に折敷/\と声を掛しなり、是場合巧者と云ふべ
きなり、
斯て逆徒の押来りし大筒、漸く直りしと見え、一人の火術者らしき者、前に
廻て火をさゝんとする時、口薬調はず、彼是手間取其内に、坂本鉉之助、本
多為助、列を離れて近く進み、左右に並び身搆なし、彼の火術者を目当にし、
十匁筒にて狙ひけるに、左の用水桶の影より、小筒を持たる逆徒一人、密に
鉉之助を狙ひて、既に火蓋をば切んとするの有様を、為助、眼早く是を見て、
彼鉉之助に声を懸、危ふし/\と呼はりしも、騒きに紛れて先へ通ぜず、且
一心に彼火術者を狙ひ込たることなれば、更に耳へは入ざりしと、
どう
此時為助、火術者を討んと、向し筒先を忽ち転じて、用水桶の方へ向て、撞
と放せば、桶をかすりて賊に当らず、彼賊驚き手元狂ひて、同時に放つ鉄炮
は、鉉之助が着したる、陣笠の左の端を打貫たり、此時毫毛の兼合にて、鉉
ねらひ あやま
之助より打たる鉄炮、目的は少しも過たず、彼火術者の、左の脇より右の肩
へと打抜たりしに、何かは以て堪るへき、火縄を持ながら倒伏たり、
あぎと
又是と同時に、同人の打たる鉄炮、車の脇の雑人の、腮を打抜たりければ、
是も同く倒れたり、
スハヤ此図を抜すなと、一同手繁く打立/\、玉を込替/\て、先へ/\と
相進み、爰を先途と打出しけるにぞ、
烏合の集り勢、辟易して皆八方へ散乱しけるを見るより、畑佐秋之助は、与
力同心へ下知なして、今こそ賊徒を皆殺しになすべき図なり、者共や、討よ
進め、と云ふ下より、心得たり、と其手の面々、平一面に打出すに、逆徒等、
手向ひもなさずして、右往左往に迯散たり、
筆者曰く、大塩格之助は、幼年より、火術を玉造同心藤野鎚太郎と云る者
も し
に付て、修行せしとぞ、折節の話しに、万一一朝大坂表に非常の事有ば、
其組にては何方を警固せらるべきや、と問けるに、藤野答て、町々は申さ
ずとも其方の持場なり、拙者共は只玉造の土橋迄を持場に致候心得なり、
いひ
と言し事ありしと、
考ふるに、大塩父子が此度の暴挙に付て、玉造組の与力同心等が加勢には
出まじと思ひ込し物ならんと、跡にて思ひ合せしと、玉造組の物語りなり、
ひをどし
此乱暴の時、格之助が緋威の鎧を着たるを見しといふ者有けれど、町奉行
組の同心蒔田幾太郎の話しには、鎧の事は心元なし、去年中、格之助猩々
しころ
緋の二枚綴の火事頭巾を十七両にて買取し事あり、其時我等に見せけるが、
誠に立派の事なり、是は奉行衆の召れても宜敷物なり、と我等申けれど、
いや さだめし
否/\某も着用する様に相ならば着用致すべし、と一笑しけるが、必定其
頭巾を緋威の鎧と見違へし物ならんと語られしとの事なり
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『天満水滸伝』
その24
幸田成友
『大塩平八郎』
その141
坂本鉉之助
「咬菜秘記」
その12
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