Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.5.6

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その19

丹 潔

(××叢書 第1編)文潮社 1922

◇禁転載◇

第三節 洗心洞塾

管理人註
   

 大塩邸の建坪は大したものではなかつた。  玄関を上つて右へ往けば塾で、左へ往けば講堂。その後が書斎。それか ら勝手向きになつたゐた。講堂を読礼堂、書斎を中斎と云つた。講堂の西 側には、王陽明が龍揚の諸生に示せる立志、勧学、改過、積善の四篇を掲 げた。その東側には呂新吾の学に関する言葉十七條を掲げた。共に文政八 年正月十四日と記した。別に同年四月を以て謹書した銭緒山の天成篇を掲 げ(掲出の場所不明)、又勝手向きには『鏡中観花館』と題する額があつ て、そこは塾生は出入拒絶であつた。本箱は一方は玄関から講堂へもう一 方は玄関から書斎へかけて、二三段に積み上げてあつた。土蔵の中には一 切経もあつた。塾は新旧の二つに分れた。新塾は東隣の空屋を補立した。 旧塾は平八郎の居宅に続いてゐた。  塾生は多数あつたが、寄宿生は両塾合はせて十五六人だ。ずいぶん若い 塾生もゐた。平八郎は彼等に対して愛と親しみとを以て教授した。自分が 塾生に教へるといふ気持を持つたずに、反つて塾生から教へて貰ふと云ふ 態度を以てした。共に研究するのであつた。また出張教授もやつた。その 時はたいがい高弟が平八郎の代理として行つた。  誰人でも入学をする時には八ケ條の誓約をするのであつた。  平八郎の如き人間が、誓約的法則の型に塾生を打ち込むのは、心苦かつ たであらうが、そこには相互に責任をもたなければならなかつたからだ。 もう一つは人の失策に嘴を入れて、それを修正するのが不愉快であり、争 ひの土台になると思つたからであらう。しかし彼の根本精神は自主自治で あつた。  その八ケ條、即ち『洗心洞入学盟誓』は、  一、忠信を主として聖学の意を失ふべからず。若し俗習に牽かれ、学業   を荒廃し、奸細淫邪に陥ることあらば、その家の貧富に応じて、某よ   り命ずる経史を購ひ、之を洗心洞に出して塾生の用に供すること。  二、学の要は孝弟仁義を躬行するにあるのみ。故に小説及び雑書を読む   べからず。若し之れを犯せば、少長となく鞭朴若干を加ふること。  三、毎日の業を先にし、詩章を後にす。若しこの順序を顛倒せば、鞭朴   若干を加ふること。  四、陰に俗輩悪人と交はり、登樓飲酒等の放逸を為すを許さず。若し一   回たりとも之を犯せば、其の譴は廃学荒業と同様なること。  五、寄宿中は私に塾を出るを許さず。若し某に請はずして擅に出づる者   あらば、帰省といふとも赦し難く、鞭朴若干を加ふること。  六、家事に変政ある時は必ず某に相談あるべきこと。  七、喪祭嫁娶其他の諸吉凶は必ず某に申告あるべきこと。  八、公罪を犯す時は族親と雖も掩護せずして、之を官に告ぐべきこと。  右の箇條の中に『その家の貧富に応じて某より命ずる経史を購ひ』とあ るが、遉に平八郎は経済思想に鋭敏であつた。科学を通しての精神、もつ と具体的に精細に云へば麺麭を突貫いての人間生命と云ふことを理解して ゐた。それと同時に社会状態の欠陥を知り切つてゐた。彼の頭脳は秋の空 のやうに澄み切つてゐた。総ての物の底まで明徹する力をもつてゐた。  彼は病弱者であつた。胃病と神経病とは彼の附物であつた。しかしテキ バキした行動と精巧なる観察は、誰人に対してもヒケを取らなかつた。  彼の行動や、その他に就いて、容姿はその正反対であつた。顔は細長く て色は白く、眉毛は細くて薄かつた。額は幅広く月代は青い方で、眼は細 くて釣上つてゐた。鼻や耳はなみであるが、身丈は稍高い方で中筋であつ             するどみ た。言葉は静かであるが、鋭味を持つてゐた。  門人の疋田竹翁は平八郎をかう批評した。 『先生は中々美男で御座いました。身の丈は五尺五六寸で少し瘠せぎすで すが、凛とした風采は、そりや立派なものです。頭の髷は短う御座いまし た。色は白い方で眼はあまり大きくなく、やゝ釣上つておりましたが、少 し怒りを含まれた時などは、どんな男でもビクつきましたね。』  また木村芥舟の『笑鴎楼筆談』の中で彦根藩の岡本黄石翁が『予が少壮 の時、面会したる諸先輩の中、体貌俊偉にして殊に立派なりしは、渡辺崋 山と大塩後素との二人なり。誰が見ても大国の藩老なるべしとの感あらし む、吾輩立ちて慚かしく思ふ程なり』と云ふ言葉は、よく彼を呑み込んで ゐる。  本文はやゝ横に這入つたが、彼の性格に関しては此の位にして置かう。


























幸田成友
『大塩平八郎』
その72









幸田成友
『大塩平八郎』
その187

『洗心洞箚記』(抄)
その6

































変政
「変故」が正しい







遉に
(さすが)


麺麭
(めんぽう)
精神的なものに対
する物質的なもの


















幸田成友
『大塩平八郎』
その54











相馬由也
『民本主義の犠牲
者大塩平八郎』
その39



慚(はず)かしく
 


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