Я[大塩の乱 資料館]Я
2014.5.5

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「大塩の乱関係論文集」目次


『大塩平八郎』

その18

丹 潔

(××叢書 第1編)文潮社 1922

◇禁転載◇

第二節 家庭

管理人註
   

 平八郎の家庭は、彼とその妾ゆう、忰格之助、その妾みね、その子弓太 郎、及び養女いくの六人であつた。みねは摂州般若寺村忠兵衛の娘で、十 歳の頃に貰ひ、養育して成長の後に娶らせた。天保七年十二月に弓太郎を 生んだ。が、一説には平八郎が四年前から、みねと私通して挙げたのが、 弓太郎だと。また一説には平八郎の叔父宮脇志摩からの貰ひ子いくと称し て、当年九歳になるのを改めて末は忰格之助の妻に内定したのであると。 後者は騒動の時、スパイになつた吉見九郎右衛門の告白であるから、まん ざら嘘ではなからう。寧ろ真実に近い。ゆうは例の弓削派撲滅事件の時、 大塩家から暇が出て、一旦、忠兵衛方の別宅で薙髪してゐたのであつた。 が、事件が落着すると間もなく、いくを貰つたので、その養育の為に戻れ と云はれた事が、それを説明してゐるのである。  家族は右に述べただけであるが、この外に若者の曾我岩蔵、中間の吉助、 木八、寄宿生等で炊事方の杉山三平、下女のりつ、うた、それから常に十 数人の塾生がゐたから、家中はだいぶん賑やかであつた。また、費用も相 当にかゝつた。けれども塾生は食料は各自が責任を以て負担した。それで 幾等か生計を補つた。  彼は退職してから金の這入る道がなかつたので非常に貧乏した。そこへ もつて来て研究資料として書店から、多くの書物を求めたからである。し か彼はその貧乏に叛逆して、奮闘努力した。  山陽の詩中に『唯有々万巻書。自恨不仔細読。五更己起理案 牘』とある。  この詩を見ても解るように平八郎は暁方の四時から書斎の人となつて勉 強をした。  彼と親しく交つてゐる河内屋主人吉兵衛が、顔真顔の書いた軸を彼の宅 へ持ち込んだ。平八郎はそれを買ふと云つて、その品物を置かせたものゝ、 金を払ふことが出来なかつた。吉兵衛は憤慨して代金を払つてくれ、でな ければ品物を返せ、他に売口があるのだからと云つた来た。  困窮した平八郎はかう云ふ書簡を贈つた。 『歳晩御事多く存候、扨先頃より毎々御紙面下され拝見、早速返事に及ぶ べき処、御存じの通、貧人にて、貴老行先の豪富とは雲泥の違ひ、夫故毎 事心切に申しくれられ如何計り大慶致り候、顔真卿一軸代物早々進むべく、 且つ恩借の方も埒明申すべく心底なれども、何分旧借等に逼られ甚だ迷惑、 夫故存じ寄ずば払ひ并返銀とも延引真平御免、返銀返済之仕方は出来候に 付、来春早々御出成可くは面上万々申述ぶ可く候、左様御思召下さるべく 候、顔魯望の方も一銭目も出来申さず、紀見(人名)へは御払ひの由、金 子を残らず御手に入れ候事に付、返上申すべく候処、小子貧人と雖も志は 顔公と同じ事、其人の石刻に而も日々拝覧いたし居候はゞ、貧も忘れ、忠 義の心油然と起り、大丈夫磊落の心も聊か慰め申候、去り乍ら金子当冬出 来申さず、貴老へ損を懸け候に当り、甚だ気の毒、夫故大小一腰典物にさ し入れ、唯今黄金二百両手に入候に付、後れ乍ら持たせし出し候間、右に て春迄御延し下さるべく候、此度の御売口は定めて豪富権貴の人と存じ候、 金子も早々手に入り申すべく候へども、貴老も俗本屋と違ひ、気慨の御座 候人と存じ、顔公を忠義の士なれば、忠義のものの手へ其の手跡入り候は ば、御悦び下さるべく候筈、俗本屋なれば黄金沢山の方へ傾き候へども、 貴老は右の通りの人物、且つ顔真も一と通りの書生陋儒にも之なきに付、 僕の赤心御推察下さるべく候。以上。  尚々本文の通り申し候へ共、夫とも金子残らず御ほしく候はゞ、是非に 及ばず一軸返璧いたし下さるべく候、悲哉。   九月三十日           吉兵衛様』  此の一書簡が、何より彼の貧乏をよく物語つてゐる。如何に貧乏してゐ ても小さな図書館を作る位な書籍を蔵してゐた。書籍が彼の友人であり、 また慰安であつた。  しかし塾生の中に資産家、及びその息子がゐて、物質的援助をした。一 例を上げれば天保三年に入塾した兵庫西出町の家持柴屋長太夫は、同八年 正月までに書籍代として、金二百両、銀十二貫六百匁余を補助した。換算 すると二百四十一二両である。その外に大百姓たる橋本忠兵衛と、大百姓 で大質屋を営んでゐる白井孝右衛門が蔭になり、日向になつて援助した。



幸田成友
『大塩平八郎』
その166




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薙髪
(ちはつ)
剃髪














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