![]() このブログでは、自分のポリシーに沿って情報発信を続けています。しかし、当然それを快く思わない人がいても不思議ではありません。このブログにも批判の書き込みがあったことがありました。もちろん匿名。批判の書き込みを大事に残しておくこともなかろう、と思いましたので、削除しました。 個人的には、「いわゆるコーチング」の薄っぺらな会話術になじめませんので、その気持ちには正直でいたいです。こうした想いは私の文面の随所に出てきますが、それを批判されたい方はどうぞ好きなように、と言うしかありません。削除されるだけの書き込みをしている暇があったら、自分も情報発信すればいいわけです。 当ブログも批判の書き込みがされるほど、メジャーになったんだ^^と思うことにします。いずれにせよ、全ての人を喜ばすことはできない(You cannot please everybody.)のですから、毀誉褒貶はある意味当然です。 北海道在住のTさんから、以前私のホームページやブログをご覧になってメールを頂戴したことがありました。数日前、Tさんが仕事で来阪されたおり、私の職場を訪ねてくださいました。 わざわざ訪ねていただくなんて、感激です。 Tさんが言うには、私の文面を読む限り、もっと断固とした人物を想像したのだそうです。実際は思ったほどではなかったとのことですが、期待はずれだったのかもしれません^^ いずれにせよ、ポリシーを持って日々インターネットで情報発信を続けていけば、どんどん他人とご縁ができていく時代なのです。おそらく私はそのメリットを最も享受しているひとりだと思います。いい時代になったものです。
![]() 取引先の接待を受けて、新地に行きました。例によって一次会は鍋物、二次会はホステスさんのいるバーでした。ホステスさんが私の横に座るのは年に1回くらい?もちろん自分のお金で座ってもらうことはありません。 新地を歩いたところ、仮装した女性がやたら目に付きました。節分なので、お化けなんだそうです。 さて、私の横に座ったホステスさんですが、コーチングでいうところのペーシングが良くない。話が面白いわけでもない。こちらも適当に相手をしていましたが、疲れてきました。これじゃどちらがホステスかわからない^^ このホステスさんはプロモーター型でした。同じくプロモーターの私とは合わないのでしょう。それにしても、沈黙を作らず、びっしりと話で埋めて来るので、疲れるわけです。 ホステスのトークは「間」の芸なんだな、と痛感した次第です。 「間」の芸のお奨めテクは、「オウム返し体言止め」です。 「昨日ゴルフに行ったんだけどね」 「ゴルフ・・・ですか」 「途中で吹雪いてきて、大変だったよ」 「吹雪・・・そう大変でしたねぇ」 体言に十分感情移入し、と後続のコメントとのあいだに間を取るのが、コツです。 ホステス・トークは座を白けさせないで、取り持つだけの「話術」です。個人的にはあまり積極的な意義を認めませんが、コミュニケーションのプロとされる人は例外なくこのテクニックを身につけているものです。たとえばさんま、タモリといった芸人のトークを仔細に観察してみてください。 ホステス・トークは相当ハードルが高い話術なのです。ホステス・トークができるなら、一流のコミュニケーターになれる素養があると言ってもいいでしょう。 追記 それから、しばらくして件のホステスさんから私宛にメールが来ました。本人も自覚があったみたいです。このマメさはやはりプロ意識か・・・。それなりに評価せざるを得ません^^ 杉本さんオハヨーございます。□□□□□の忍です!!昨日は、初めてお会いしたのに、私ばかり お話してしまってゴメンなさいネ(^^ゞ でもでも、休日は娘さんと□□□□□に行ったりして優しいパパなんだなぁと、凄く感じました。(*^^*) また お会い出来るのを楽しみにしてますね♪
![]() クライアントのTさんは学習塾をやっておられます。塾は小学生対象で、ご自身も小学生の息子さんがおられます。過日うかがった話が、 「他人の子供は怒鳴ったことがないのに、自分の子供はついつい怒鳴ってしまう」 たとえばドアをきちんと閉めない、などといった些細な内容なのだそうです。当然怒鳴った結果は良くないということで、怒鳴った本人は自己嫌悪に陥るし、子供は祖母に甘えにいくのだそうです。 そして、子供にはかばかしい学習効果が見られず、ドアをきちんと閉めない、という習慣は一向に改まらないとのこと。本人は児童教育の専門家ですが、わが子の接し方に悩んでおられるわけです。 子供ですから指導しても、当初は改まっても、時間が経つと子供の方が息切れしてしまい、また以前の悪い習慣が戻ってしまう、というのはよくあることです。となると、怒鳴った分だけ親子双方の感情がこじれて損、ということになります。 親子・兄弟・夫婦で身内だからという理由だけで、抑制なく言いたい放題、遠慮がなく無礼な態度を取る。「身内に対する甘え」というのは誰でもあることです。結局、「身内に対する甘え」が出てしまっているのでしょうね。 「身内に対する甘え」は以前の私にはおおいにありました。また私の身内も私に対して「身内に対する甘え」が少なからずありました。その結果、幼少の頃より長い間、親子・兄弟でいやな思いを繰り返してきて思うのは、結局「身内に対する甘え」は百害あって一利なし、いいことはひとつもない、ということです。 身内だからというだけで、抑制なく言いたい放題、遠慮がなく無礼な態度を取り続けて、よい関係が築けるはずがありません。「身内に対する甘え」は完全に風化させて、友情に昇華させるに限ると思っています。 いまでも「身内に対する甘え」は何がしかは残っています。しかし、基本的に結婚してからは、家内や子供に対して、常に礼儀正しく、「身内に対する甘え」をほとんど行使しないで来たのはよかったと思っています。 Tさんと話していて出てきたのは、身内に対する排他的情念を、人類愛にまで昇華させれば、問題は解決できるのではないか、ということでした。マザー・テレサみたいな人が身内だからという理由で、我が子を怒鳴ったりしないでしょう。 とはいえ、身内に対する情念が抑制されてチラリとでるのは、奥ゆかしいものです。 天皇陛下が結婚された黒田清子さんに、 「親子の絆は変わらないのだから、折々にいらっしゃい」 といわれたそうですが、実に格調高く、感動的でした。
![]() インターネットでサイトを開いていると、いろいろな方が連絡を取って来られますが、そのうちの半分は、「差し迫った問題を抱えていてスポットで相談したい人」です。 ひと言で言うと初回無料だから申し込んで来られる方です。若い人が多いです。クライアントには絶対なりませんが、私はこのタイプの人は例外なくお相手するようにしています。T先生に差し迫った問題を抱えていた私の相手してもらったのが、私のコーチングのルーツだからです。 ボランティアでなんらかのヒントを渡すことで、相手も助かるし、自分も助言の経験を積むことができます。一石二鳥と言いたいところですが、一銭にもならんのに何でこんなに一生懸命、見ず知らずの他人の相手をしなければいかんのか、とたまに思うこともあります^^ そうしたことが続いたのですが^^ふと見つけました・・・ マザー・テレサ語録だそうです。 マザー・テレサの言葉 人は不合理、非論理、利己的です 気にすることなく、人を愛しなさい あなたが善を行なうと、 利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう 気にすることなく、善を行ないなさい 目的を達しようとするとき 邪魔立てする人に出会うでしょう 気にすることなく、やり遂げなさい 善い行ないをしても、 おそらく次の日には忘れられるでしょう 気にすることなく、し続けなさい あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけでしょう 気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう 気にすることなく、作り続けなさい 助けた相手から、恩知らずの仕打ちを受けるでしょう 気にすることなく、助け続けなさい あなたの中の最良のものを、世に与えなさい けり返されるかもしれません でも、気にすることなく、最良のものを与え続けなさい 自分が住む世界と全然次元が違います。言葉だけで清められる思いですね^^ とはいえ、私も時間の制約もあり、だれかれとなく相手するわけにもいきません。私は宗教家ではないのです。相談を体験したいだけの相談とか、人任せの依頼心の強い相談、礼儀をわきまえない相談は断ります。 自助努力や想いは連絡を取って来られる文面に如実に表れるものです。相談を申し込んでこられる方も、私がその昔、T先生に連絡を取った時くらいの、自助努力と真剣さはできたら欲しいところです。 一市井人の私としては、やはり自助努力があって、なんとかしたいという想いが強い人をのみを相手にするしかないと思っています。 ただ全力で相談に乗ってあげて、「ありがとう」の一言で片付けられることがあっても、それはとやかく思うまい、と改めて思いました。誰かが私に相談を求めてきて、相談に乗らせていただけること自体が「恩賞」なのです。「あなたの中の最良のものを、世に与えなさい」は身に滲みました。
![]() インターネットでサイトを開いている関係で、ひどく悩んでいて、問題に打ちのめされている人が連絡を取って来られることがしばしばあります。こうした悩んだ人を支援するには、 @気持ちを整理する (内的適応=カウンセリング) A具体的な行動を策定する (外的行動=コーチング) の2つのステップを踏む必要があります。必ず内的適応が先に来ます。つまりカウンセリングがコーチングに先行します。カウンセリングができない限り、コーチングに進めないわけです。 たとえば任せられた仕事がうまくいかない、もうおしまいだ、と思っている人がいたとします。この人に、 「じゃあ、どうすればいいと思いますか」 と言ったところで、気持ちの整理ができないと、この人は実質思考不能でしょう。この場合はこの人の言う「おしまいだ」に幅の広いものの見方を適用します。本人は「おしまいだ」と思っていても、全然おしまいでもなんでもなく、まだまだやれるのかもしれません。カウンセリングには、コーチが幅の広いものの見方が示せるか、がポイントなのです。 コーチとしての腕の見せ所は、ここでクライアントの視点を広げられるかどうか、です。この場面で単なる傾聴しかできない、というのでは話になりません。 カウンセリング力というのは、単なる傾聴ではありません。気持ちの整理の段階で、コーチがどれだけ能動的にクライアントに働きかけることができるのか、ということなのです。 コーチを名乗る人でも、この場面をさばくことのできるカウンセリング力のある人は限られています。こういったカウンセリング力がなければ、コーチとして役に立たないと思います。そもそもコーチングに進めないからです。 |
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350 立志のカウンセリング 349 対抗意識 348 子どもが小さいうちに子離れしよう 347 論理展開 346 身内の甘え * 345 幅の広さ 344 全面降伏 343 もう少し発想を変えませんか 342 自分に忠実であること 341 精神年齢 * 340 ありのままの自分を受け入れてもらうしかない 339 冬の花 338 一芸を極める 337 詐欺師のトーク 336 挫折も無駄ではない * 335 秘密厳守 334 サザエさんブルー 333 アンチテーゼ推進派 332 トイレ中座 331 同居人で上々 * 330 目的地が手段とか状態ではダメ 329 人間力は笑わせる力 328 命名 327 占い師 326 本1冊の分量 * 325 感化力 324 タイプ分け 323 フィードバック 322 コーチングの間隔 321 パソコン顛末記 * 320 情報発信 319 ホステス・トーク 318 身内に対する甘え 317 マザー・テレサの言葉 316 カウンセリング力とは * 315 悩みの解決 314 失敗談を話す 313 幅の広いものの見方 312 そうかい 311 摂食障害 * 310 答えはクライアントの選択するもの 309 酪農コーチング 308 2日間研修 307 問題点の抽出 306 また風邪 * 305 成り行きまかせ 304 文体 303 コーチングの本の出版 302 フィードバックには毒消しを 301 パレートの法則(80対20の法則)を理解してもらう *** コーチングを受けてみませんか *** コーチングとは(私見) *** 社会人のためのカウンセリング *** カウンセリングとコーチング *** ビジネス・コーチング入門 *** ライフワーク・コーチングの奨め *** オーケストラ再生のオーディオ *** オーケストラ録音を聴く |
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