吉木竹次郎速記 『史談会速記録 第6輯』 史談会 1893.7 所収
併し一時は頭の定番にて拒バみ城内の固めをするものであるから、町奉行へは貸すことは出来ぬと云ふことで、此かけ合に大に手間を取り時を移しました、
漸く午後に至つて与力二人と同心三十人づゝ貸すことになつて、玉造組は東奉行跡部山城守へ京橋組は西奉行堀伊賀守へ預り、夫れを引卒致して大塩の焼立る場所へ向きましたは十九日の七つ頃(今の四時)で、両奉行共身ごしらへは火事装束の下に着込、家来も惣体同様火事羽織の下へは具足くさり鉢巻等にて出ました、
扨両側の町家には火が附きて居る其中を惣勢一同に打立ました、其向うに煙を隔て大砲の指図を致す大将体のものを坂本鉉之助と云ふ与力が撃ち倒しました、夫れを鉉之助が煙の中に飛込んで首を討つて持つて来た時にもはや賊徒はドコに散乱したか居らぬ、所々を尋ねても行つた所が分りませんから、右の首を鎗につらぬきて帰りました時は、大塩か討れたと申して大に人気もしつまりました、
堀伊賀守の手では石川彦左衛門といふ与力を頭に本町筋へ向ひましたが、賊徒に出会ふたことはなかつた、全く大塩の騒と申すは夫れ丈けの事で、其追払ひの後は大勢の者が全く影をかくしました、大塩に付き放火に出ましたは大坂近辺の百姓、或は其騒ぎに火事見舞に行つた者抔を捕まへて大砲を引かせたりしたもの斗で、
本当の徒党は僅か二十人あまりで、何の為め左様の事をしたかと云ふと、王政回復とか究民救助とか云ふ名もあるが、其為す事は高慢の発狂とか名は付けられませぬ、徒党も師弟の間にて威服せられた気味で、実に訳けもないことでござりました、
大塩は大に憤りましたが、是が徒党に入らぬものゝ真意で感心なものでありました、それから便所へ行くと、平八郎は大井正一郎と申者に申付けて殺して仕舞へと云つて手槍を渡しました、
其者もタイしたもので、夫れ程に言つても先生が聞かねバ我命の尽る所と云つて、腹をあけひろげて便所の椽側に座したるを突き殺したを私の宅の向ふに住つて居つた造酒業の市郎次の忰塩谷喜代蔵と申した書生も、其騒きに逃げて帰つて其事を私に話しました、是れは其時見た儘の事で、一通り御話申ても乱暴の事はソンなもので、
誠に事が大層にござりましたと云ふものは、其頃は天下無事静謐で居つたものであるから、鉄砲も奉行所付のものは錆て居る時で騒ぎは乱世の有様で、馴ぬ事に属役のものが仕出した故、奉行は誠に困つたことでござりまして、事は夫れ丈けでありまして奉行にはいさゝかも越度はなかつたけれど、夫に就て後の想像説やら作り事もおほく出ました、尚また其時の現況はモウ一日出まして申上けます、
今井君 檄文の写しも持つて居りましたが、本書は無くなつて、不都合な種でありますが、夫れを其中出します、其時の大坂城在番の者の名前抔も其中に出します、
磯野君 軍さをやりましたのは、余程の間でありますか、
今井君 一向左程の事なく、淡路町の一戦にて只打払ふた斗であります、
磯野君 旗印もありましたとやら……
今井君 坂本鉉之助の出したのである、
岡谷君 坂本鉉之助の刀が何か名刀であつたとか、
今井君 アレは男気のある男でありました、
八木君 同人の打取た首は何者でありましたか、
今井君 大塩の首だなどと云ひましたが、さうでない、一向詰らぬ者の首である、
寺師君 其時大塩は幾歳位でありましたか、
今井君 四十五でござります、――私は町に住みて居るもので天満橋の通りで、誠に傍で私は幼年の時から大塩は能く知つて居ります、
私の親と云ふ者は私の九才の時死んで私で十代目になります、固と徳川家から拝領地等がござりまして、元和元年などに徳川家の為めに働いた事があつて――元和の時より世襲惣年寄、養子は十五才より出ます、実子は十三才になると城代奉行等に目見を致して、式日等には両奉行の前に出ます斗で、九才にもなると十三才と云つて出ます、十一才か十五才なれバ此時元服をして御用を勤ます、
九歳の時から私も奉行の前に出ましたから大塩は日々見て居る、私は九歳で其翌年大塩は隠居した、
寺師君 同人の隠居したは何の訳であります、
今井君 高井の話で隠居した、大塩は何分江戸表で出世したいと云ふのが一心で、高井が私がか転役すれバ引くが宜からうと云ふことを注意したもの故、引いて隠居したのである、
寺師君 大塩は、大坂には歴代居つたものでござりますか、
今井君 与力の始は元和六年町奉行久貝忠左衛門、辺田清左衛門の時抱いたもので其与力を始めて抱いた時は――私共は固とより土着の者であるが、与力は江戸から来た者もあり、国から出た浪人もあり、大塩はいつから成ましたか、いづれ明暦よりは前でござりましやう、其姓は継ぎますけれども一代抱への役でありました、
寺師君 奉行に建言したと云ふ様な事はありませんか、
今井君 さういふ事はない、隠居の身分で建言することは出来ぬ、夫れを奉行が用ゐぬと云ふのは皆ななかつた事であります、
(一同立礼)