雑誌で紹介
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私のコーチングのサイトが今度雑誌で紹介してもらえました。

掲載は先方が私のサイトを見て、メールで依頼して来られたのです。カラーで掲載してもらったのでスキャナで取ってみました。コレです。

サイト開設が2003年5月25日ですから3年半近く経過しています。雑誌記事と言っても大したことはありませんが、サイトは少しずつ手入れをして来て、ようやく雑誌に紹介してもらえるぐらいまでなったということでしょう。

NLP入門セミナー
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私の加入している異業種交流会(大阪府中小企業家同友会)がNLPの入門セミナーを企画してくれましたので、行ってきました。会員にはNLP研修会社がいらっしゃるのです。

私は個人的にNLPのワークが好きになれません。一言で言うとSLOPPYで間延びしているのです。今回もそれは感じましたが、食わず嫌いはいけません。

入門篇ということで、VAKのワークがありました。人間は視覚(VISUAL)型、聴覚(AUDITORY)型、触運動覚(KINESTHETIC)型の3タイプあり、それぞれのタイプにどう訴えかけるか、というものでした。

米国大統領のスピーチでも、テレビの実演販売の口上でも、この3つがバランスよく混ざるよう工夫されているとのことです。私個人は聴覚(AUDITORY)型です。

実際にやって思ったのは、こういうことが知識としてあっても、違うタイプへのアプローチはそう簡単ではない、ということ。あくまで想像でやるしかありません。それに男が女に話をする、あるいは女が男に話をするときに越えなければならない溝のほうがはるかに大きいのではないかという気がします。

電話のパーソナル・コーチングは聴覚のみの勝負であり、聴覚(AUDITORY)が発達している自分としては聴覚(AUDITORY)がそれほど発達しているわけでもない他人に対して、いかにわかりやすくする(ハードルをさげる)かが勝負だと思っています。

結局NLPを習ってきても、コーチングに応用するとすれば、話をわかりやすくして相手の空気を敏感に読み取ることに尽きます。そのためには自分の内在知をフルに動員するしかないわけです。

今回もNLPに惚れ込んで自分が受講したい、とまでは思えずに終わりました。私はNLP音痴なのです。

靖国神社に行ってきました
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先日招かれて東京都稲城市にコーチングの講演に行ってきました。ついでに今話題の靖国神社にも行ってきました。

靖国神社自体はそう大きな神社ではありません。神戸の湊川神社よりひとまわり大きい程度でしょうか。もちろん遊就館は見てきました。

一番印象に残ったのは人間魚雷「回天」でした。直径1メートルほどの円筒形で、まさに鉄の棺というべき不気味な姿でした。死んでいったのは二十歳前後の年端もゆかぬ若者たちです。

絶望的な気分になるのは、こうした史実ではなく、日本人のそのどうしようもない「農民根性」です。こうした手段に訴えること自体、戦略のセンスはゼロです。こんな自爆戦法がまかり通ってしまうところが、日本人の白痴的な所です。当時はそんな時代であったわけで、仕方なかったのですが。

戦争に外交の延長としての戦略がまるで欠如しているわけで、これではアングロサクソンには絶対に勝てないでしょう。史実に学ぶとすれば、アングロサクソンに敵対せず、うまく友だちになるに限る、と思いました。

で、日本の首相は中韓を慮って靖国参拝を控えるべきか?

「アホなことを言うな」

というしかないでしょう。実際にかの地を訪れれば、小泉首相の気持ちはよくわかります。マスコミはいろいろ言うけれど、それが矜持ある日本人というものでしょう。

靖国神社はいずれ訪れることになったと思いますが、コーチングやってるお陰で早期に訪問することができました。

プラスの自己
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文永の役の後、再び元のフピライ汗が使者をよこし、隷属を迫ります。時の執権北条時宗は即刻使者の首を刎ねます。北条時宗の決断は一切の逡巡なく、断固たるものでした。

もし、彼が自我だけで自分を支えていたならば、この責任に耐え切れず発狂してしまったに違いありません。なんと言っても日本の存亡は自分の決断にかかっていたわけですから。

時宗はもともと臆病者でしたが、禅僧の無学祖元のもとで修養を積んでいました。その指導するところは、

「弱い自己を捨てよ」

であったと言います。

人間は自我だけで生きていくと、ある時点で限界が来ます。自我だけで責任を負いきれないわけです。その時は、心のなかにプラスの自分とマイナスの自分があると考え、プラスの自分とつながろうと思うのがひとつの解決策だと私は考えます。

プラスの自分は宇宙大生命(神仏)につながった存在、マイナスの自分は恐怖におののく存在、と考えるのです。プラスの自分は宇宙大生命につながって守られており、必要に応じて必要な知恵と力が与えられるもの、と想定するわけです。神仏とは宇宙に遍満する生命を言い換えたものです。

おそらくは、この禅僧の薫陶によって、プラスの自分とつながることができたのでしょう。宇宙大生命(神仏)を認識し、これと意識的につながることができるかどうかがポイントなのです。ここに人間の力の源泉があるからです。

「プラスの自分にとってはすべてのことは可能である。プラスの自分は何ものをも恐れない、何ものの前にも停止しない。プラスの自分は山を移して谷をうずめる力をもっている。プラスの自分が行くところ、至るところその道はたいらになる。」

「日夜努めて汝のプラスの自分と交流せよ。プラスの自分の忠言にしたがえば失敗することはない」

「汝のプラスの自分は今汝のなかにいる。プラスの自分を選び取れ。プラスの自分は今汝を待っている」

「プラスの自分かマイナスの自分かどちらの人間が自分を支配しているか注意せよ。わずかの間たりともマイナスの自分とつながることなかれ」

「いかなる種類のいかなる形の恐怖も持つな。恐怖心はマイナスの自分と兄弟分である」

言葉は違うと思いますが、おそらくこうした薫陶を受けたものと想像されます。

イエスはこんな言葉を残しています。

「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」

「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、いのちの光をもつ」

「私は、よみがえりです。いのちです。私を信じる者は、死んでも生きるのです。」

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」

こうした言葉は宇宙大生命につながったプラスの自分が語る言葉であって、イエスは宇宙大生命と一体であることを自覚した存在であったことを意味しています。決して気が狂っているのでも、傲慢なのでもないわけです。

プラスの自分と一体となる、プラスの自分に日々支えられて歩む、ことで人間は自我を超越できます。そこまでいかなくても、何かあったときに、プラスの自分を思い出す、だけでも人生大いに心強いものです。

宇宙大生命(神仏)につながったプラスの自分を認めることで、「自分はできる」という自己承認は完成する。これは古今の教えの説くところです。

開き直りは自己承認
506



自分に自信がない、という人は世間にたくさんいます。私に連絡を取ってくる人にも多いです。

「どうしたらよいでしょうか」

と訊かれるのですが、私なりにこう返事しています。

人間は時々刻々、

「これでよし」

と言い続けて生きています。たとえば、他人に対しての言葉使い、仕事の仕上がり具合、人生の選択などなど小事から大事にいたるまで、

「これでいいか」「これでよし」

と自問自答しながら生きているわけです。そして「これでよし」という答えを繰り返すうちに必然的に出てくる結論は、

「自分はできる」

という結論でしょう。だから、何事にも「これでよし」で生きたらいいわけです。

こう言うと相手はよくこう訊いてきます。

「自分は能力がなく、とても『自分はできる』とは思えない」

能力がないのは仕方がない。ない袖は振れない、ということですから。ただ能力はなくでも、その人なりにベストを尽くすことはできるはずです。そしてベストを尽くしたのであれば、

「自分は能力がないが、ベストは尽くした。だからこれでよし」

となるわけです。ほかにどんなやりようがあるでしょうか。その結果、

「自分はベストを尽くした。だから他人がどう言おうと知ったこっちゃない。なるようになって結構」

と思えるのです。これは「開き直り」ですが、「私はできる」という自信に匹敵するパワーがあるのです。なぜならば開き直りも自己承認の一種であるからです。

つまり、自分に能力がなくても、『開き直り』という形で自己承認はできるのです。

もちろん自分の能力を生かす形で人生を切り拓いていくことは大切でしょう。しかし、その途中で、自分の能力のなさを痛感することは必ずあります。だからといって自己否定する必要はないのです。そんなことでは自分が惨めなだけです。開き直りつつ、より良い人生を模索する、という権利は誰にでもある、と私は考えます。
550 日経経営セミナー
549 『黄金律』
548 目標を仕切りなおす
547 想いが出て来ないならアンコーチャブル
546 時間にルーズな人

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545 管理職の誤解
544 優劣でなく個性で勝負しよう
543 スパム・メール
542 ないないづくし
541 礼節=承認

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540 コーチングってどうすることですか
539 農民気質と狩猟民気質
538 恐ろしげな声付き
537 コーチングでなくて何がイカンのか
536 オジサンの社会経験

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535 片付けられないのは
534 クロージング
533 親切は自己承認が引き寄せる
532 感性の違いを乗り越えるためには
531 うぬぼれ、傲慢大いに結構

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506 開き直りは自己承認
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503 農民と狩猟民
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